いて座
丁寧なる減速
笑ひ顔でしか
今週のいて座は、岡本かの子の『鮨(すし)』に出てくる「烏賊鮨」のごとし。あるいは、何度でも繰り返し思い出に生かされていくような星回り。
岡本かの子の『鮨』という小説には、湊という50代の独身男が出てきて、彼には食うには困らないだけの資産があって、独り者の気楽さからかあちらこちらに住まいを散らす一所不在の暮らしをしている結構なご身分なはずなのですが、同時に、いつもそこはかとない悲哀をまとっている。
彼がまだ幼かった頃は偏食がひどく、これといった食べ物をほとんどうけつけることができなかった。そんなとき、母親がつくってくれた握り鮨が、それまで嫌いだった魚をあれこれ食べれるようにしてくれたのだとか。この作品はそんな思い出話が本筋になっているのですが、その中に例えば次のようなくだりがあります。
子供は今度は握つた飯の上に乗つた白く長方形の切片を気味悪く覗いた。すると母親は怖くない程度の居丈高になつて「何でもありません、白い玉子焼だと思つて喰べればいいんです」といつた。かくて、子供は、烏賊といふものを生れて始めて喰べた。象牙のやうな滑らかさがあつて、生餅より、よつぽど歯切れがよかつた。子供は烏賊鮨を喰べてゐたその冒険のさなか、詰めてゐた息のやうなものを、はつ、として顔の力みを解いた。うまかつたことは、笑ひ顔でしか現わさなかつた
同様に、7月14日にいて座から数えて「生きた実感」を意味する2番目のやぎ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、顔の力みを解いてくれるような記憶のかけらが不意に表情の奥から浮かび上がってくることがあるかも知れません。
生の味わいを仕込む
思えば、かつて鮓(すし)と言えば、もっぱら魚を米に重ねたものに重しをのせ、じっくりと発酵させた「熟れ鮓」のことを指したものでした。
それで鮨を漬けて、2~3日待つわけです。そのあいだに、色々なことを考えたり、気持ちが変化したりということがあると、なんとなく鮓の味にそれが出ているような気がする。
そういうことが続いていくと、待ち方も変わってくる。できるだけ上機嫌でいようとか、あんまり負の感情に引っ張られそうなことには首をつっこまなくなってくる。さて、ではそうなるとこれは何を仕込み、一体何を待っていることになるのか?
いずれにせよ、今すぐに気分を解消してくれるようなモノやサービスは、確かに便利ではあるけれども、あくまで一時的に消費され消えてしまうものであって、繰り返し味わえるような実感は決してもたらしてくれない訳です。
今週のいて座もまた、もっとじっくりと時間をかけて作られ、丁寧に使われ繰り返し堪能されていくような生を、自分の手で作りなおしたくなってきているのかもしれません。
いて座の今週のキーワード
スローライフ