
さそり座
苦しみと喜びの比率の美

菫の佇まい
今週のさそり座は、『菫ほどの小さき人に生れたし』(夏目漱石)という句のごとし。あるいは、誇りを失わずに自分の立場や役割をまっとうしていこうとするような星回り。
春の野を歩くのはたのしい。それは、そこに咲いている花々の豊かさと明るさのゆえでしょう。たんぽぽの黄色は元気いっぱいの子どものようだし、いぬのふぐりの薄い紫色はとにかく小さくかわいらしい。その点、「菫(すみれ」)」の紫はそれよりもグッと濃くて、どこか気高さが感じられます。
掲句は、留学先のイギリスで心を病んだ作者が帰国後に、大学の講師をしていた頃に詠んだもので、野の片隅でひっそりと咲いている菫が、それでいて凛として咲いている姿を見て、そっと自分を重ねたのでしょう。
この菫ほどの小さい人に生まれたいという願いのうちには、英文学者としての『ガリバー旅行記』の知識や、留学先で身長の大きな欧米人と比較された記憶が頭のどこかにあったのかも知れません。
とはいえ、ここではあまり小難しく考えて解釈に凝るよりも、確かに小さくはあるけれど、出しゃばらない美しさをたたえた人間でありたいという素直な思いのあらわれとして読んでおきたいところ。その後作者が日本を代表する小説家として成功をおさめていったことも鑑みると、味わい深さもより増すのではないでしょうか。
3月29日にさそり座から数えて「適材適所」を意味する6番目のおひつじ座で新月(日食)を迎えていく今週のあなたもまた、誇りをもって世の片隅に咲いていくべし。
よろこびと苦しみの混淆
よろこびと、苦しみとが、同じぐらいの感謝の思いを生じさせるならば、神への愛は、純粋である(『重力と恩寵』、田辺保訳)
これは34歳で夭逝した思想家シモーヌ・ヴェイユの言葉ですが、おそらく「神への愛」のところを、「人生に対する覚悟」の純粋さに置き換えても、同じことが言えるのではないでしょうか。
表現の中に自分の本音をあっけらかんと込めていくことを、「赤裸々」などと言いますが、覚悟をもって何かを書くという行為も、本来おそらくヴェイユくらい赤裸々でなければ難しいのではないかと思います。
ただ一方で、私たちは掲句の作者のように自分の経てきた苦しみを噛みしめつつも、「菫ほどの」と自己認識を刷新することで「同じくらいの感謝の思い」を生じさせることもできるのではないでしょうか。
願わくば、今週のさそり座のあなたもまた、彼らのように自分に正直に、そして誇り高くあらんことを。
さそり座の今週のキーワード
苦しみにひかりをあてる





