
おうし座
差分を耕す

時と年齢を再び描く
今週のおうし座は、「小説家のほんとうのわざ」のごとし。あるいは、同じ景色、同じ相手に対する「移動のない旅」を浮き彫りにしていこうとするような星回り。
世界との最初の交わり、あの対象への初々しいまなざしを、私たちはもう2度とは経験できない。なぜなら、そこで生じたビジョン、浮かんできた思いというのは時の経過とともに必ず老いるから。
そう語っていたのは、生涯で5000にものぼる哲学的断章(プロポ)をのこし、「哲学を文学に、文学を哲学に」変えようとしたフランスの哲学者アランでした。
そして、かつては混同していたものを、今は区別できるようになったとき、かつては信じていたが、今は知っていると感じたとき、人はかならず同じ対象に向き合っているのだと指摘し、その差分を題材とするのが小説なのだとして、アランは次のように述べています。
小説家のほんとうのわざはおそらく、時と年齢とを再び描くことであろう。小説のなかではすべてがめざめであり、発見でなければならない。しかも同じ対象において。対象が変わったら、波乱万丈(ロマネスク)は死ぬ。そして旅行することは小説の対象では全くないのだ。そうではなく、ただ、同じ対象のうえに戻ってくること。そこから幼い頃への追憶が果てしなく広がっていく。(…)こうして、ほんとうの小説というのはいわば旅に出かけているようなものだ。それは時のなかの旅である。
アランが引き合いに出したのは、プルーストの『失われた時を求めて』のコンブレーの町やバルザックの『谷間の百合』の谷間でしたが、あなたならそれは何にあたるでしょうか。
4月5日におうし座から数えて「関係性のプロトタイプ」を意味する3番目のかに座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、「同じ対象のうえに戻ってくる」ということにおのずと傾いていきやすいでしょう。
分度器の放射線
例えば、小学校の卒業アルバムなどを久しぶりに開いてみると、顔立ちであれ、成績であれ、人気であれ、かつてはわずかな違いに過ぎなかったものが、時の経過とともにはかり知れない程度に広がっていることに気が付くことがあります。
まるで分度器のように、1度の違いに過ぎなかったものが、放射状に伸びた線をどこまでもたどっていくと、それぞれまったく異なる国にたどり着いてしまうように。
そうした放射状の広がりというのは、単純に優劣や勝ち負けの二分法などでは把握できるものではない代わりに、ある程度の高さから点と点を結んでいくのでなければ気が付くことができない訳で、この場合の高さとは、埋没しがちな日常からの距離や精神の垂直性、すなわち小説作品への作者の視点とも言い換えることができるはず。
今週のおうし座もまた、そうした「高さ」を確保をしつつ、忘れかけていたかつての出発点へと改めて舞い戻ってみるといいかも知れません。
おうし座の今週のキーワード
古る(ふる)・・・①年月がたつ。②年をとる。老いる。③ありふれる。角が取れる。





