てんびん座
野性的な豊かさを
よき道具使いになるか、替えのきく道具となるか
今週のてんびん座は、朝起き抜けの1杯のために珈琲豆を挽く人のよう。あるいは、自分が複雑な産業システムの歯車にならないための一手を打っていこうとするような星回り。
哲学者の戸谷洋志は『スマートな悪 技術と暴力について』において、ナチスを例に挙げ当時ユダヤ人の虐殺に加担した人びとはまともな良心を持たない人でなしだったのではなく、「まるでスマートフォンのシステムが自動的にアップデートされるように、良心を自動的に更新されてしまった」のだと指摘していています。
そして、こうした個々の人びとが悪への抵抗力を失っていくような流れは、何もかつてあった例外的なおとぎ話などではなく、現代の日本社会においてもリアルタイムで進行しつつある現実の話(日本政府が2016年に閣議決定した「超スマート社会」構想)であり、「最適化を至上の原理とする社会」ではかならず人は「積極的かつ自発的にシステムの歯車になろうとする」し、「自分をシステムが要求するもっとも望ましい歯車へと最適化しようとする」のだとも書いています。
とはいえ、現実的にはテクノロジーの発展のいっさいを唐突に止めることはできませんから、どこでテクノロジーと人間との関わりを線引きしてしていくかが焦点となります。
戸谷はそこで20世紀の思想家イヴァン・イリイチの「自立共生社会」という構想を参考に、「人びとがそれぞれのライフスタイルに合った道具を使い、自分の道具を自由にカスタマイズ」することこそが、超スマート社会において人間が複雑な産業システムの歯車にならないための鍵になるのではないかとも述べています。
つまり、みずからのライフスタイルを自分の手足と道具で作りあげていこうというある種のDIY精神や、その大前提として、自分にとってどんな暮らしが心地いいのかをよく知り、心地よさを感じている自分と仲良くしていく力がますます重要となってくるのだと。
12月9日にてんびん座から数えて「自分なりの流儀」を意味する6番目のうお座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、みずからの理想の道具を思い描きつつ、まずは自分が何を食べ、いかに住まい、日々どう振る舞っていくことが心地いいのかを改めて振り返ってみるといいでしょう。
香港ルーフトップ
香港という都市は現在は中間人民共和国の統治下にありますが、150年以上もイギリスの植民地支配下にあった影響で、面積は狭くても街が高度に発展しており、高層アパートもおそらく世界最高密度で建てられている一方で、住民の経済格差も世界最大で、正式な許可なく黙認されている「屋上建築物」が半世紀以上も存在し、そこに低所得層や移民が集まっているのだそうです。
そんな香港の屋上家屋の生活を写真と図面と文章で紹介している『香港ルーフトップ』を見ていると、家屋の材料にはレンガやトタン、角材、ビニールシート、ベニヤ板、ロープなど様々な素材が使われていて、それらがあり合わせで調達されてきたことが分かります。
団地研究家の大山顕は、そうして近代建築の上に、きわめて原始的な建築が乗っている様子について、「まるで建築史の地層が逆転したような光景」だと表現しており、「近代以前の香港の街並みが、下から生えてきた近代のビルによって空中に持ち上げられ保存されているように見えないだろうか」とも述べています。
香港の屋上家屋には、こうした風景としての面白さに加え、何より日本社会からはとうに失われつつある「(家屋が)住み手によって改変されていく」高い自由度と、そこに入り込む偶然性によってつくり出され、さまざまな文脈を経て生み出される野性的な豊かさが存在しているように思います。
今週のてんびん座もまた、ショッピングやグルメ情報ばかりにの観光ガイドには決して載らないような、独特のカオスな香りをみずからの日常に取り入れてみるといいでしょう。
てんびん座の今週のキーワード
無駄や猥雑さをあっけらかんと楽しむ余裕や余地