おとめ座
日常を耕す
ごく平凡な習慣を単調に
今週のおとめ座は、毎年同じ土地を耕しつづける農夫のごとし。あるいは、ごく普通の体験を豊かにしていくための訓練に施していこうとするような星回り。
かつて精神科医の中井久夫は、「異常体験というものは実はかなり類型的なものであり、そうでない体験のほうがはるかに豊富であり、分化しており、多様である」と述べていました(『世に棲む患者』)。
この「そうでない体験」をいかに多様に分化していくまで耕していくかという課題は、SNSなどのプラットフォームを通じて、無意識のうちの画一的な消費行動へと誘われていきがちな現代社会においては、一部の異常者だけでなく、多くの人が自分もそうだと思い込んでいる“普通人”にとって共通の課題となっているのではないでしょうか。
そしてこの点について興味深い指摘をしている人物に、「ミニマル・ミュージック」を提唱する現代作曲家のジョン・アダムズがいます。彼は2010年に行われたインタビューの中で「毎日午前九時から午後四時か五時くらいまで仕事をする」が「僕の経験からいうと、本当に創造的な人々の仕事の習慣はきわめて平凡で、とくにおもしろいところはない」と話しており、「基本的に、なんでも規則正しくやれば、創作上の壁にぶちあたったり、ひどいスランプに陥ったりすることはないと思っている」と断言しているのです(『天才たちの日課―クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々―』)。
とはいえ、何かと誘惑や邪魔の多い毎日の生活において何かを「規則正しく」やり続けるということほど難しいことはないはず。そして難しいことをこなせるようになるためには(しかもごく平凡に見えるように)多大な訓練が必要であり、それはさながら同じ土地を毎年耕しつづける農夫のようなものなのかも知れません。
なお、アダムズは規則正しいスケジュールを守ることを大切にしていると言う一方で、「必要以上に計画的にしないようにして」おり、ときには「あきれるほど無責任な状態にいる必要」もあるのだとも述べていたことも付け加えておきます。
5月1日におとめ座から数えて「美学」を意味する6番目のみずがめ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、ごく普通の体験をこそ「規則正しく」耕し、根気強く、ときに気ままに発展させていくことを大切にしていくべし。
残余としての動的平衡
この宇宙は大原則として、あらゆるものはエントロピーが増大する方向にしか動きません。つまり、秩序あるものは混乱し、集まったエネルギーは分散していく定めにあるのです。
ただ、そうしたエントロピー増大の法則に対して、絶え間ない“抵抗”を行っているのが人間の身体であり、そのひとつひとつの細胞なのだそう。
つまり、先の法則にしたがって作られた細胞はやがて壊れていきますが、自然に壊れるのに先回りして自分を壊し、その不安定さを利用して新しい細胞を作り出す活動をしているのです。
生物学者の福岡伸一は、こうした絶え間なくすべての細胞を入れ替え続けることで「生きて」いることを可能にしている細胞レベルの抵抗を、生命の「動的平衡」と呼んでいますが、先のアダムズの「必要以上に計画的にしないようにする」というのも、あるいはこうした人知をこえた宇宙の法則性への配慮なのかも知れません。
今週のおとめ座もまた、日常的現実のなかで絶え間ないささやかな抵抗に打ち込んでいきたいところです。
おとめ座の今週のキーワード
ミニマル・ミュージックとしての農業