おとめ座
情が動いてナンボ
こちらは9月27日週の占いです。10月4日週の占いは諸事情により公開を遅らせていただきます。申し訳ございません。
関わりの多様性
今週のおとめ座は、「櫛買へば簪がこびる夜寒かな」(渡辺水巴)という句のごとし。あるいは、無自覚だった自己投影が回収されていくような星回り。
秋の夜寒のものの数分の出来事について詠まれた句。店頭に立って櫛を買ったところまではいつも通り。ところが、そのそばにあった「簪(かんざし)」が、自分も買ってもらいたいような風をしてこちらに媚びている、というのです。
おそらくこれは、実際に簪がそうしているというより、実は人のほうがあの簪もうつくしいと気付いて、欲しい気持ちが出てきているのだけれど、その何とも言えない情を簪のほうに寄せて、簪が人に媚びておると言ってみせた訳です。
擬人化というのは、何でもかんでもしようとすればいつでも起こるというものではなくて、「美しい」とか「奇妙だ」とか、まずこちらの情が動いて、それが対象に投影されて始めて起こってくるプロセスであって、掲句はそうした“物”とのやり取りをどこかで楽しんでいる句なのだとも言えるかもしれません。
9月29日におとめ座から数えて「社会的関わり」を意味する11番目のかに座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、人と人でないものを区別することなく関わりそのものを楽しんでいくつもりで過ごしていくべし。
名前に「丸」をつけるということ
中世では、神事につかう楽器、お使いである犬や鷹、人間の命を託す船、あるいは鎧や刀などさまざまな特別品に、子どもの名前であることを示す「丸」をつけて呼んでいました。
これは奈良時代以降、自分のことを麻呂と呼ぶ習慣があって、その「麻呂」が転じて「丸」になったのだと言います。そこから、子どものように大切に思えるものには、すべて「丸」をつけるようになり、そこにさらに丸=球体で沈みにくいので、その祈願をこめるという意味が加わって、あの世に持っていかれては困るものには丸をつけるようになったのだとか。
また、歴史学者の網野善彦は、聖と俗の境界にある特異な存在であると見なされたものに「丸」をつけたのではないかと語っています。つまり神仏と関係をもち、その力の恩恵にあずかっていると考えられていたものを、他の日用品や消耗品と区別するために名前で分かるようにしておいたのだということ。
今週のおとめ座また、そうした神仏の力をきちんと授かることのできるような、魂の座を確保していくことを大切にしてみるといいかも知れません。
今週のキーワード
七歳までは神のうち