おとめ座
夢は夜ひらく
幽体離脱のお話
今週のおとめ座は、杜甫の夢の中に出てきた李白の魂のごとし。すなわち、日常の牢獄の中に心まで捕らわれたままでいるのか、非日常的な領域まで心を無事飛ばしていくことができるのか、いずれかに分かれていくような星回り。
思いを遺して別れたまま連絡がとだえてしまった相手というのは気がかりなものですが、そんな相手が不意に夢の中に出てきたとき、その意味について私たちはつい考え込んでしまうものです。
夢みた相手によからぬ事があったのかもしれないという不安も湧いてくる。けれど、いくら推測を続けても、確かめる方法がない以上、実際に相手に対してできることはほとんどありません。
中国は唐の時代を代表する2人の詩人にもちょうどそんな時期があったようです。
李白は杜甫より11歳年上で、杜甫が「詩聖」とされているのに対し、「詩仙」と称されていましたが、李白が軍に参加して捕らわれの身になったことを杜甫は風の噂で耳にしたのです。
現実にはどうすることもできない杜甫がそこで夢のチャンネルを開いたように、今週のあなたにも「現実的ではないが確からしいやり方」で、誰かと魂の交流をしていくことができるかもしれません。
夢李白
以下、その時に杜甫が詠んだ詩です。
魂来楓葉青(魂は楓の葉が青く茂るところからやってきて)
魂返関塞黒(去っていくとき関門の要塞は黒々としていた)
君今在羅網(君は今、羅網=捕らわれの身に在るのに)
何以有羽翼(どうして私のところへ飛んできたのか)
落月屋粱満(沈もうとする月の光が、部屋の粱いっぱいに満ち)
猶疑照顔色(君の顔色を照らしているのかと思うほどだ)
水深波浪闊(江南の水は深く波浪はどこまでも広い)
無使蛟龍得(どうかワニやサメの餌食にだけはならないでくれ)
冒頭の「魂」とは李白のことであり、平常ではないその顔に、杜甫はいよいよ旧友の進退が極まってきたことを悟り、命を落とすことないよう、無事を祈るのでした。
上古の日本では夢に誰かが現われるのは、夢に出てきた側の思いが強いためだと信じられていました。
ただし杜甫がそうしたように、夢見た側も眠りから覚めた後、そのまま忘れてしまうのではなく自分なりの返答をしていくことで、運命の糸がくるくると回っていくことはあるのではないでしょうか。
今週のキーワード
三上寛