おとめ座
継承と超越
大きな網の結び目としての自分
今週のおとめ座は、「芭蕉去りてそののちいまだ年くれず」(与謝蕪村)という句のごとし。あるいは、脈々と受け継がれてきた精神性を、自分もまた受けとっていくような星回り。
作者は師と仰ぐ芭蕉が亡くなって23年後に生まれた人物であり、芭蕉とは直接面識はありません。
それでも、芭蕉の『おくのほそ道』に絵をつけた写本を10本も遺しており、おそらくは36歳で絵描きとして定住生活に入る以前、10年間もの放浪時代に実際にその足跡をたどっていたのでしょう。
蕪村は生きている内には自分で句集を出しませんでした。すべてでおよそ2800句。生涯で3万句近く詠んだ一茶と比べれば数もとても少ないのです。
これはおそらく、俳壇で位置を確立したのが晩年近くだったことと、その前半生は芭蕉が体現しようとした「風雅」の精神を手でまね、口でとなえて、文字通り血肉と化すほどに受けとっていくことに全力を注いでいったためではないかと思われます。
掲句は最晩年に作者が残した文章の最後に記載されていたものですが、生涯を通じて芭蕉の句に触れ、何度も何度も電撃が走った地点に帰っていくうちに、自分は年をとらなくなったという感慨を述べている。
蕪村の句というのはどれも平明な詠みぶりで、あたたかい眼差しを開いてくれるものが多いのですが、そんな蕪村もまた明治時代に正岡子規が見出したことで、現代に読み継がれている訳です。
今週のあなたもまた、そんなふうに自分が常日頃歩いている道だったり、触れている世界がどこからやってきたのかを振り返っていく余裕と真摯さを、ぜひとも持ち合わせていきたいところ。
一本の棒
芭蕉は『笈の小文』で
「西行の和歌に於ける、宗祇の連歌に於ける、雪舟の絵に於ける、利休が茶における、其の貫道(かんどう)する物は一(いつ)なり」
と喝破しました。
芭蕉が説き、蕪村が実践してみせたように、確かにどんな道であっても、大切なのは自分の関与するいろいろな仕事の中から(蕪村なら絵と俳句)、そこをつらぬいていく一本の棒のごときものを感じていくことなのではないかと思います。
けれど、変に仕事に慣れてしまうと人は容易に棒を見失うもの。
今週は、自分なりの棒に対してどこまで眼差しを開いていけるかが問われていくでしょう。
今週のキーワード
風姿花伝