おうし座
声を大にして叫ぶ
渇望を取り戻す
今週のおうし座は、『野遊びや食つて空腹思ひ出す』(小野あらた)という句のごとし。あるいは、壊れかけていた本能がかつてとは違った仕方で蘇っていくような星回り。
「野遊び」は草や花を摘んだり、そこで飲食を楽しんだりする春の季語。現代で言うところの「ピクニック」と同義ですが、より素朴な手触りで自然の中に「ただ居ること」を肯定していくようなニュアンスがあります。
そして掲句の肝になっているのは、そんな野遊びのために用意して持ってきたのであろうサンドイッチやおにぎりなどの軽食にありついて、かえって「空腹を思い出す」と詠っているところ。
まるで日ごろコンクリートに囲まれて生活している内に忘れてしまった生きものとしての本能をようやく取り戻したかのように、「お腹が空くって、こういうことだったなあ」という新鮮な感慨にふけっているようでもあります。
大人になると「足の裏を若草にくすぐられる」とか「時間を忘れて遊ぶ」といった機会はめっきり無くなってしまいますが、掲句からはそんな自分のなかに潜んでいた体験や機会を改めて見つけることのできた喜びさえ伝わってくるようです。
5月5日に自分自身の星座であるおうし座で「覚醒」の天王星と「主体性」の太陽が重なっていく今週のあなたもまた、じぶんのなかで忘れかけていた感覚や衝動が目覚めていくのを実感していくことになるはず。
うねりそのものとなる
『詩歌と芸能の身体感覚』という本の中で、芸能評論家の朝倉喬司は浪花節的なものの特徴である「唸り」のリズムについて、次のように述べていました。
原型らしきものが出来たのが江戸の文化文政期と言ってもいいのでしょうが、社会的には最下層部分から立ち上がった。「非人」と言われた人たちとか、願人坊主とか、浮浪化した山伏というか、大道でいろいろな芸能要素がカクテルされて、そこでずっと芯に残ってきたものがあって、それが「唸り」ということだと思うんです。
つまり、社会の下層のいた庶民の生きるエネルギーが、闊達さを身上とした芸能を通して集団的・歴史的に凝集し、説法とも煽動ともつかない危険なリズムへと変換されたものこそ、浪曲という古典芸能の根底にあるリズムの芯であり、それは言わば身もだえするような人情のうねりなのでしょう。
そしてそうした「唸り」とも「うねり」とも表されるリズムは、奇しくも今のおうし座の人たちが思い出しつつあるものと非常に近いように思います。その意味で今週のおうし座もまた、これまで胸の奥に秘めてきた思いや情念の固まりが時を得てほとばしり、解き放たれていくことになるかも知れません。
おうし座の今週のキーワード
ずっと芯に残ってきたもの