いて座
ここより高い場所へ
せめて汽車の汽笛ぐらいの
今週のいて座は、幸福論の季節かな。あるいは、日経平均だけでなく幸福の相場もまた、上昇させていこうとしていくような星回り。
20世紀を過ぎて、アリストテレスから近代のモラリストたち、そして功利主義まで伝統的に書き継がれてきた幸福論はぱたりと書かれなくなり、代わりに不幸論や苦悩論が盛んに書かれるようになりました。
ナチスに協力した一般人の心理的傾向を研究した、ドイツ出身のユダヤ人思想家アドルノなどは「アウシュビッツのあとで詩を書くことは野蛮である」とまで書いた訳ですが、確かに、おいしいものを食べるのであれ、愛する人と心ゆくまで肌を重ねるのであれ、陶酔の後には必ず倦怠が訪れ、幸福とは束の間しか続かないかりそめのものであり、むしろ不幸なときに養われる一つの幻想、実体のないイメージに過ぎないのだとも言えます。
ただ、一方で寺山修司(1935~1983)は「幸福の相場を下落させているのは、幸福自身ではなく、むしろ幸福という言葉を軽蔑している私たち自身にほかならない」と言い、さらに「幸福が終わったところからしか『幸福論』がはじまらないのだとしたら、それは何と不毛なものであることだろう」と続けたのです(『幸福論』)。
イメージであっても、一瞬であったとしても、それでもいいではないか。幸福について考える時ほど、自分が時のなかを漂い、流れゆく存在であることを痛いほど思い知らされることはない。だからこそ、一瞬しか訪れることのない幸福のイメージを、私たちは自分の手で豊かに膨らませていかなければならないのではないか。寺山の言葉は、そんな風に語りかけているように思います。
幸福について語るとき位、ことばは鳥のように自分の小宇宙をもって、羽ばたいてほしかった。せめて、汽車の汽笛ぐらいのはげましと、なつかしさをこめて。
3月10日にいて座から数えて「安らぎ」を意味する4番目のうお座で新月を迎えていくところから始まる今週のあなたもまた、みずからに訪れた幸福や、これからつかみ取りたい幸福について、そのイメージを春の空気のようにたおやかに広げていきましょう。
「ここより高い場所がきっとある」
今あなたはどこか収まりの悪い不安定さと未来への期待感のはざまでムズムズしているかも知れませんね。それはまさに、蝶になって空を舞う姿を夢想しているサナギのようでもあります。
あたしの孤独を持ち上げようとするのは小学校でならったライト兄弟の飛行機!
あたしの右の翼はあたしの苦しみです。あたしの左の翼は革命です。あたしが飛ぼうとするとき、このさむい空の上から心臓までまっすぐにオモリを垂らそうとするのは誰ですか?
あたしは、いつかは飛ぶのです。ここより高い場所がきっとある
(寺山修司『新宿版 ・千一夜物語』)
そう、きっと「ここより高い場所」はあり、そこへは自らの翼で羽ばたくのです。たとえ、それが長続きする堅固な構築物のようなものでなく、はかない砂上の楼閣であったとしても。いて座の人たちにとって、今週はそのための覚悟を決めるにはもってこいのタイミングです。
いて座の今週のキーワード
あたしの右の翼はあたしの苦しみです。あたしの左の翼は革命です。