いて座
レッツMUBOBI
一息ついて
今週のいて座は、『花野来し隣座敷の老夫婦』(飯田龍太)という句のごとし。あるいは、「誰も信用できない」といった張り詰めた空気感を崩していこうとするような星回り。
「花野」とは何かを改めて歳時記で見てみると、「秋草の咲き乱れる野」とあります。古くから使われてきた季語で、昔は都会の近辺にも「花野」と呼べるような美しい野原があったようですが、現代では高原にでも出向かなければ、花野という感じはしません。
この句も、花野が近くにあるようなひなびた温泉宿かなにかが舞台なのでしょう。「隣座敷」とありますから、ひとつひとつの部屋が独立しておらず、襖で仕切られているだけなので、隣の部屋の会話がよく聞こえる。ご老人の夫婦らしい様子である。
女中さんと「道すがら野菊や女郎花が咲いていて、きれいでしたよ」などと話していたのかもしれません。作者は微笑しつつ、庭にめをやる。そこにも小さいながら花野が広がっていて、老夫婦が歩いてきた花野に繋がっているように感じられた。
作者はそこで心底ほっとしたのではないでしょうか。そして、そこまで大の大人がくつろいだ、無防備な状態になれるためには、炎天でも枯野でもなく「花野来し」でなければならなかったし、隣座敷にやって来たのが静かな、そして幸福そうな老夫婦であったという偶然もなければならなかった。もちろん、掲句の背景には、秋のさわやかで澄んだ空気があることもまた見逃してはなりません。
10月6日にいて座から数えて「息尽き果てる場所」を意味する8番目のかに座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、再び自分が無防備になれる場所へと足を運んでみるといいでしょう。
胸中に灯り続けてきたもの
「花野」という言葉に絡めてさらに言及するならば、誰の心の中にも時間を忘れて惑溺せずにはいられない“秘密の花園”のプロトタイプのようなものがあります。そしてそれは、不思議と死が身近に感じられる時だったり、混乱と激動の最中にある時であるほど妖しいリアリティを持ってくるものです。
例えば、少年の頃に町でみた狂女や、逢魔が時に見た人さらい、廃屋、土蔵などについて書かれ、さならが古い記憶の玩具箱のような『昭和幻燈館』という本を書いた久世光彦にとって、“秘密の花園”と符合するであろう最たるものは「父の書斎で見つけた、見てはいけない秘密の本」でした。
内容について深くは判らないまま、ただ本棚の裏にそっと隠されていた一冊の本から漂う暗い情熱に心魅かれた体験こそは、その後作家としての彼の創作活動において間違いなく原点となっていたのでしょう。
もし今あなたが疲れ切っていたり、しんどさを抱えているならば、いて座にとって今週は、幼い頃にあなたの中で灯った小さな幻燈の先へと立ち返って、そこから再び深い呼吸を取り戻していく端緒を得ていくことができるはず。
いて座の今週のキーワード
心の花野に繋がっていく