いて座
足に運ばれるまで歩き続ける
自分に催眠術をかけていく
今週のいて座は、村上春樹の語る「作家としての僕の義務」のごとし。あるいは、創造性を発揮していくにあたって「体に運ばれる必要」を改めて痛感していくような星回り。
パリを拠点にした英語の文芸誌『パリ・レビュー』のインタビューにおいて、村上春樹は長編小説を書いているとき、午前4時には起床し、5~6時間ぶっ通しで仕事をし、午後はランニングをするか水泳をするかして(両方ともすることもある)、雑用を片付け、本を読んで音楽をきき、夜9時には寝るのだと回答しています。
しかも「この日課を毎日、変えることなく繰り返す」のだ、と。いわく、「繰り返すこと自体が重要になってくるんです。一種の催眠状態というか、自分に催眠術をかけて、より深い精神状態にもっていく」。
というのも、長編小説を書き上げるには精神的な鍛練や気の持ちようだけではどうにもならず、「体力が、芸術的感性と同じくらい必要」となるからだと強調しています。ここで村上は「体力」と簡単に言っていますが、それはおそらくペンを握る指先や腕の力だけでなく、深い呼吸に入っていくための肺や横隔膜、地面を踏みしめる脚力、背中が固まることのない柔軟性など、体のすみずみに至るまで、創作活動を続けるにあたって身体的なリズムに“運ばれる”ことが大切なのだということでしょう。
もちろん、村上も最初からこうした習慣を実行していた訳ではなく、プロの作家になってから数年間は、東京で小さなジャズクラブを経営しながら、座ってばかりの生活をしていて、1日に60本ものタバコを吸い、急激に体重が増えていき、そこで生活習慣を根本的に変えることを余儀なくされたのだとか。
読者は僕がどんなライフスタイルを選ぼうが気にしない。僕の新しい作品が前の作品よりよくなっているかぎりは。だったらそれが、作家としての僕の義務であり、もっとも優先すべき課題だろう
9月29日にいて座から数えて「生き生きとしたリズム」を意味する5番目のおひつじ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、自身の生活習慣をもっとも優先すべき課題や関係性に応じて、よりふさわしいものに作り変えていきたいところです。
山下清のように
例えばかつて「おにぎりを貰えなかったらどうするのか」と問われ、「おにぎりが貰えるまで歩くから、貰えないってことはないんだな」と答えた放浪の画家・山下清の存在は、今週のいて座に大切なことを教えてくれるでしょう。
今のあなたにとって「自分が果たすべき義務」が果たせるような場所は、一体どこにありますか?
そういう場所に行こう、行こう、絶対にたどり着こうと頭で考えているうちは、なかなか辿りつけないものですが、山下清はいつもそういう場へごく自然に行くことができたのだと言います。彼は自然が好きな人でしたが、それ以上に自然体であることを大切にした人でもありました。たぶん、村上春樹が苦労の末につくりあげたのに近いものを、山下は本能的に備え持っていたのでしょう。
果たすべき義務を果たすのも、きっと「自然に行くのがいいんだな」。今週のいて座もまた、そうした気配をそれとなく感じながらも、焦らず成り行きに任せていけるといいのですが。
いて座の今週のキーワード
「おにぎりが貰えるまで歩くから、貰えないってことはないんだな」