いて座
空港にいる感じ
サーっと何かがやってくる
今週のいて座は、『数多なる岬・崎・鼻けぶる夏』(澤好摩)という句のごとし。あるいは、なにか異質なものの到来を待ち受けていくような星回り。
「岬」「崎」「鼻」はいずれも海中へと突き出ている陸地の突端を指す名称のこと。例えば、鹿児島県の薩摩半島の南端にある「長崎鼻」は近くに龍宮神社があり、浦島太郎が竜宮へ旅立った岬と言い伝えられています。
掲句の大意としては、全国各地にあまたある陸の突端がそれぞれにけぶってくる夏だなあ、といったところでしょうか。自然と、まなざしは日本列島そのものを俯瞰しているような格好になっていき、そのあいだも打ち寄せる怒濤によって、列島は今まさにけぶっている。
海の彼方に突き出ている突端は、海の彼方からの漂着物が流れ着くのを待っている地形でもあり、折口信夫はそこに他界から来訪する霊的存在としてのカミを見出し、「マレビト」と呼んだ。
すなわち、「岬・崎・鼻」は陸地の行き止まりなどではなく、今まさに他なる世界とつながらんとしてカミの発着を待っている“ターミナル・ステーション”のようなものであり、また、より現代的に言えば“端末装置”のようなものなのだとも言えます。
同様に、6月26日にいて座から数えて「異文化受容ないし再利用」を意味する11番目のてんびん座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、以前と同じように存在しているように見えて、その実、もののやり方や方法をサッと変えていくことになっていきそうです。
全身を目にする
例えば、すべすべとした可愛らしい丸石というのは、いきなりどこかからポンと生まれてくる訳ではなくて、河原でごろごろごろごろやっているうちに、だんだんと時間をかけて丸くなっていったものを、人間の側で見つけることによって手に入ります。
そう、どこかの時点で「あっ」と思って、発見されていくんです。先に述べたカミというのも、元来そういうものであったのかも知れません。
赤瀬川原平さんという前衛芸術家が、かつて「芸術って別にものを作らなくてもいい。すごいものを見つければいい」ということを言っていて、実際に街をフィールドワークし、意味のない階段、どこへも繋がっていない扉など、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。その役に立たなさ、非実用性において芸術を超えた存在。さながら異世界に通じる呪物のようなものを「発見」していきました。
今週のいて座もまた、どこかで肩の力を抜きつつ、何気なくその場にあるものにびっくりしていく中で、おのずと以前とは異なる在り様へと運ばれていくことでしょう。
いて座の今週のキーワード
突端にたたずむ