かに座
都会で隠遁
「そうなって当たり前だし、もういいよ」に抗う
今週のかに座は、『即興の雨をパセリとして過ごす』(小津夜景)という句のごとし。あるいは、日常への向きあい方そのものに「彩り」をもたらしていこうとするような星回り。
5月は晴れたり雨が降ったりと気圧や天候が不安定な日々が続くもの。「即興の雨」というと、ずいぶん余裕のある表現ですが、おそらく出先で予想していなかった雨に降られたのでしょう。
雨に濡れる不快感や肌寒さに引っ張られて、とにかく早く家に帰ることしか考えられなくなってしまってもおかしくないところですが、どこかに残っていた心の明るさが「パセリ」のビジョンを垣間見せてくれたのかも知れません。
ここでいう「パセリ」とは、おそらく房のままの生のパセリではなく、料理の仕上げに彩りを添えるためにそっと振られる、さりげない緑の点としてのパセリのことで、「過ごす」というのもただ惰性に流されるというより、なんとかやり過ごす、受け流す、などのニュアンスを含んでいるのでしょう。
降りしきる雨をそんな風に捉えると、おのずからまなざしも上空から垂直的に5月の地上世界を眺めるそれへと切り替わるだけでなく、ほのかに緑のかおりも鼻腔をついてきて、雨降り体験がそれまでとは違った立体感や解像度を伴って感じられてくるはず。
5月28日にかに座から数えて「創意工夫」を意味する3番目の星座であるおとめ座で上弦の月を迎えるべく光が戻っていく今週のあなたもまた、ひとつのトレーニングとして掲句のような「リアリティの転換術」を実践してみるといいでしょう。
隠遁事始め
方丈記の昔から、この国にはたとえ人生でどんなに栄華を極めようと、最後は世俗の名声や家庭を捨て、粗末な庵を編んで、つつましやかに暮らしながらひとり最期を待つのが何よりの幸せとする「隠遁者(いんとんじゃ)」という理想がありました。
今やそうした理想は、はるか昔の絵空事のような扱いを受けるようになってしまいましたが、今でもそうした理想に向かって人生をたえず整えたい、踏み出していきたいと考えている人たちは一定数いるのではないでしょうか。
ただ現代における「隠遁」とは、中世の頃とは打って変わって、静かな山里でのあからさまな社会離脱や人間離脱にあるというより、慌ただしい街の中でうまく隠れたり、上手にサボったり、お上を欺いていくことのなかに、そうと分からないような仕方で宿らせていくものへと変貌してしまったように思います。
今週のかに座もまた、そうして勤勉さや生産性をたえず要求してくる街の中で、上手に隠れる「ずる賢さ」をこそ発揮し、実践していきたいところです。
かに座の今週のキーワード
隠遁術としての「マリーシア(審判に分からないように行う駆け引き)」