かに座
下降運動を二乗する
柔らかな月の破片を宿して
今週のかに座は、「落下する月」のごとし。あるいは、いったんとことん低められることによって高められていこうとするような星回り。
現代イタリア作家のイタロ・カルヴィーノの短編『柔らかい月』の幻想世界では、「月は元来、太陽の周囲をまわる惑星であったが、地球が近くにあったため、軌道から逸らされ、地球の引力に吸い寄せられて、次第に接近し、ついにはわれわれ地球のまわりにその軌道を描くことになった」ことになっており、地球の引力圏で宙づりになった月は、その表面が溶け出し、地球へと落下して、柔らかな月は「ぱしゃっ!」と降ってくるのだという。
落下した月からの飛来物が堆積し、やがて地球の大陸を形作ったそう。そんな月の降る空に望遠鏡を向ける天文学者シビルは「月はとても柔らかく、地球は硬く強固で、充分に耐えるのよ」とうそぶく訳ですが、ではもし月が耐えられなくなったらどうなるのか?という問いにはこう応えるのです。「地球の力で、落ち着くところに落ち着くわ」。
実際の科学史において地球の重力を克服して月へ降り立ったのとは逆に、ここでは月のほうが地球へと落下してきて、ゼラチン状のその破片は、いわば地球の重力に同意したことになっている訳ですが、これは「重さ」のイマージュ化のすぐれた事例と言えるでしょう。
イカロスの翼のようにはじめから天上をめざすのではなく、ここで述べられている「落下する月」には落ちることによって昇ること、低められることによって高められる宇宙的実体がやがてたどるだろう軌道線も秘められており、そうした軌道線に同調しようとする働きはわれわれ人間にも宿っているのではないでしょうか。
その意味で、7月7日にかに座から数えて「重心の在りか」を意味する4番目の星座であるてんびん座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな柔らかい月の破片を宿した存在のひとりとして振る舞っていくべし。
精神的な重力に反して
自分を低くすることは、精神的な重力に反して上って行くことだ。精神的な重力は、わたしたちを高みへとおとす
その短い生涯を無名の女教師として終えたシモーヌ・ヴェイユは、かつて自身のノートの中でこう述べていました。ここで言う「重力」とは、端的に言って私たちが無意識に他人に何かを期待してしまうときの原動力のことですが、たいていの場合、他人のうちに働く重力が自分にもたらしてくれるものと不一致に終わるものです。
それを踏まえて言えば、「自分を低くする」とは他人から自分の期待通りのものをもらうことができないにも関わらず、自分以外のもののために何か役立つことを行っていこうとすることに他ならず、そのロールモデルにはヴェイユが他の箇所で述べているように、「光を受けて生い育って行く葉緑素」が挙げられるのではないでしょうか。
彼女はそうした能力を行使することこそが「ただひとつの癒しの道」なのだと喝破しましたが、今週のかに座もまた、地球に根付いたのち太陽に向かって葉を広げ伸びていく植物たちのごとく、自分を低めてみるといいでしょう。
かに座の今週のキーワード
堕ちることによって昇り、低められることによって高められる