おひつじ座
重さを引き受ける
人間が幸福になれない理由
今週のおひつじ座は、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』の一節のごとし。あるいは、「何者かであろう」としてしまう不幸を肯定していこうとするような星回り。
この小説は、タイトルが示す通り、私たちが「かけがえのない誰か」になることがいかに重く、苦しく面倒なことかを読者に問いかけていくのですが、その中で、カレーニンという犬とその飼い主で、夫に一途な女性テレザとの関係を考察したこんな文章があります。
人間と犬の愛は牧歌的である。そこには衝突も、苦しみを与えられるような場面もなく、そこには、発展もない。カレーニンはテレザとトマーシュを繰り返しに基づく生活で包み、同じことを二人から期待した。もしカレーニンが犬ではなく、人間であったなら、きっとずっと以前に、「悪いけど毎日ロールパンを口にくわえて運ぶのはもう面白くもなんともないわ。何か新しいことを私のために考え出せないの?」と、いったことだろう。このことばの中に人間への判決がなにもかも含まれている。人間の時間は輪となってめぐることはなく、直線に沿って前へと走るのである。これが人間が幸福になれない理由である。幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。
確かに人間はあらゆることに飽きてしまうし、永遠に「満たされる」ということを知らない存在です。その意味では、作者の云う通り、男より犬を愛している方がよっぽど幸せになれるのかも知れません。
とはいえ、たとえ不幸だとしても「かけがえのない存在」を選んでしまう人間を、作者は決して笑わないでしょう。面倒でも、葛藤したとしても、やっぱり何者かであろうとしてしまう人間味そのものを、この小説はどこか深いところで肯定しているように思います。
その意味で、12月30日に自分自身の星座であるおひつじ座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、恋愛であれ仕事であれ、そうした面倒や葛藤をあえてみずから抱え込んでみるのも悪くないのではないでしょうか。
なつかしい面影を追って
一口に「かけがえのない存在」としての自分といっても、それは肉体やジェンダー、年齢、家庭環境など無数のレイヤーによって構成されており、そこに近代的知性を持ちえた合理的自分もいれば、何か強い衝動に突き動かされている原始的自分もいたりするわけです。
しかし、例えば詩人の西脇順三郎は、そうした理知でも本能でも捉えきれない「幻影の人」としての人間というものがどんな人の中にいるのだと書いています。
この「幻影の人」は自分の或る瞬間に来てまた去つて行く。この人間は「原始人」以前の人間の奇跡的に残ってゐる追憶であらう。永劫の世界により近い人間の思ひ出であらう。
どうも私たちが自身の存在の軽さに耐えられなくなってしまうのは、こうした「幻影の人」の仕業ではないかと思うのです。今週はその面影をそっと追ってみるといいでしょう。
おひつじ座の今週のキーワード
ただ“当たり前”になど存在していないという感覚