おひつじ座
受け入れていくしかないもの
波紋と春雷
今週のおひつじ座は、「灯を消して春雷を聞くウヰスキー」(真木康守)という句のごとし。あるいは、小さな波の輪がみるみる広がっていくような星回り。
「春雷」とは、寒冷前線に伴う界雷と言われる種類の雷のことで、1つ2つで鳴りやむことが多く、地中の虫が這い出すと言われる「啓蟄(けいちつ)」の頃に鳴るので、昔から「虫出し」「虫出しの雷」という言い方もされてきました。
掲句でも、孤独に浸ることを楽しむような夜に、ふと遠くで鳴った春雷が、小さな虫を起こすようにして、自分の心の中にある何かに気づかせてくれたのかも知れません。
それはごく些細な出来事かも知れませんが、春という季節は川底を流れる水の温度があがり、小さな虫が地上に這い出すところから、もう後戻りできない生命の祭典と化していくのです。それがある種の自己解放へと繋がっていく人もいれば、いよいよ無視できないほど悩みの種が膨らんで自己疎外に陥っていく人もいるでしょう。
いずれにせよ、3月3日におひつじ座から数えて「無意識のうごめき」を意味する12番目のうお座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、自分の心の奥に潜む思いを確かめるべく、そうして遠くの春雷の音が、グラスの中で鳴る氷の音と響きあいつつ喉の奥へと染み渡っていくような特別な夜を過ごしてみるといいでしょう。
風羅坊として
芭蕉の死後に遺稿から旅の記をとりあげ刊行された『笈の小文』の冒頭は、混迷の中に光明を見出すドラマに満ちており、読む者に切々と訴えかけてくるものがあります。
百骸九竅(ひゃくがいきゅうけい)の中に物あり。かりに名付て風羅坊(ふうらぼう)といふ。誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好むこと久し。終に生涯のはかりごとゝなす。
「百骸九竅」とは多くの骨と穴のあいた肉体のことで、「風羅坊」は芭蕉の別号で“傷つきやすい心”の意、また「かれ」は芭蕉自身のこと、「狂句」とは俳句のことを指しています。
つまり、身の内に1つの抑えがたいものがあって、それがやがて生涯にわたり取り組むことになったと述べているのです。
芭蕉ははじめから俳諧師を目指していた訳ではなく、侍として出世することを願い、また仏道に精神の充足を求めたが結局は俳諧が妨げになり、どちらにもなり切れなかった人でした。その意味で、今週のおひつじ座もまた、みずからの才知によって何かを選ぶのではなく、受け入れていくしかないものを無意識の底から浮かびあがらせていくことがテーマとなっていきそうです。
おひつじ座の今週のキーワード
孤独に浸ることを楽しむような夜を