おひつじ座
名前の付かない関係性を
得体の知れない結びつき
今週のおひつじ座は、「女人咳きわれ咳つれてゆかりなし」(下村槐太)という句のごとし。あるいは、リズミカルな偶然を愉しんでいくような星回り。
単に「女」と言うのでもなく「ご婦人」と言うのでもない。「女人(にょにん)」という言い方は、どこか特別に崇高な相手を仰ぎ見ているような気配が漂っています。
とにかく、電車なのか、待合室なのか、閉じられた公共の空間でたまたま同席していた女性が咳をして、たまたま「われ」も続けざまに咳をした。そんな偶然それ自体に、作者はそこはかとない嬉しさを感じたのでしょう。
けれど、その直後には、そうしてたまたま続けざまに咳をしたことくらいしか、その「女人」との縁はなかったことを認識して、「ゆかりなし」などとわざわざ言ってみせているのです。思わず「当たり前だろ!」とツッコんでしまいたくなる間合いとテンポですが、作者もそれは念頭においていたのではないでしょうか。
ピタゴラスイッチではないですが、ある意味でそれに近い形で偶然の奏でる音楽の調べを愉しんでいるように感じられます。
30日におひつじ座から数えて「精神的交流」を意味する3番目のふたご座で月蝕の満月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな風に不意にみずからにおとずれた偶然やたまたまに大いに精神が触発され、新たな楽しみや交流が始まっていくかも知れません。
オオカミの遠吠え
掲句のような「名前のつかない関係性」について考えていく時、どうしたって思い出されるのが、かつて日本にも生息してい狼たちの遠吠えです。冬場にエサを求めて里にやってきた彼らは、日没間近の薄暗さの中で、あちらこちらから集まって、その鳴き声を次第に一つにしてくるのです。「人間どもよ、さあ、オオカミが里にやってきたぞ」と。
狼たちは、たとえお互いの顔が見えなくても声を通じて居場所を確認しあい、ときに声をそろえることで合図とする。彼らは平均4~8頭ほどの社会的な群れと形成するとされ、それは順位制を伴い、常に儀式的に確認しあうことで維持されたそうですが、そうして人間でいう友達とも夫婦とも家族とも微妙に異なる独特の関係性を作っていた訳です。
そして、狼と人との距離感も、現代人が思うようないわゆる野生動物と人間との距離感と微妙に異なり、それは単なる人vs獣の交渉というよりもほとんど人vs人のそれに近く、そこでも私たちの頭の中のカテゴライズをずらされていきます。
今週のおひつじ座は、そうして響きあう狼の声や、恐れながらも親しみを感じていた昔の日本人のように、通常の関係性のカテゴライズやレッテルの枠にはおさまらない関係性への実感をひょんなことから深めていくことになりそうです。
今週のキーワード
偶然の音楽