おひつじ座
影との戦い
三途の川のほとりにて
今週のおひつじ座は、村上春樹の「眠り」という短編小説のごとし。あるいは、無駄話ではなくそこに何か深い意味のある、決定的な話をしていこうとするような星回り。
この小説の主人公は、村上作品には珍しく夫も息子もいる主婦であり、そんな彼女がある日、突然眠れなくなることで始まります。冒頭には「眠れなくなって十七日めになる。」と書かれてある訳ですが、もちろん16日間も不眠で生きていられる人間はいません。つまり、これはふつうの「現実」ではない、何かがおかしい話なのです。
主人公もそれはどこかで分かっている。ただ、何がおかしいのかが決定的に明らかにされないまま、主人公はこれまで通り家事や家庭生活を続けつつ、眠る代わりに以前読んでいたような大部の小説(例えば『アンナ・カレーニナ』など)を読んだり、夜中に一人でドライブに出かけたり、お酒を飲んだりと、「(役割から逃れた)本当の自分のためだけの自分」を過ごしていく。
おそらく、この主人公が経験している覚醒した不眠は、現実の不眠ではなく、何らかの理由で17日のあいだ昏睡状態にある主人公の見ている夢の世界なのではないかと思います。そして、「何かが間違っている」と自覚した彼女は近いうちに目を覚ますでしょう。
そして、28日(月)におひつじ座から数えて「死と再生」を意味する8番目のさそり座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、どこかでそんな主人公と通底した危機と回復が背中合わせになったような時間をいかに体験できるかということがテーマになっていきそうです。
地獄下り
ルーマニアの宗教学者エリアーデはある日の日記にこう書いています。
「私は繰り返される失敗、苦難、憂鬱、絶望が、ことばの具体的で直接的な意味での<地獄下り>を表していることを明晰な意志の努力によって理解し、それらを乗り越えうる者でありたい、と念じている」
この彼の言葉は、そのまま彼の生き様であるがゆえに、非常に重い言葉であり、こうした重さは、高慢になったり、脅えたり、逃げたりしている自分の姿=影を受け入れた人にだけが宿すことのできるものでしょう。
その意味では、「眠り」の主人公の主婦は、役割に基づく忙しさにかまけて、大人の自分探しの帰着から目を背け続けてきたのだとも言えるでしょう。
古来からの通過儀礼の多くが広義の臨死体験を含んでいたように、「死と再生」を遂げていくということは、さながら暗い穴に降りていくような仕方でこそ可能になるものなのかも知れません。
今週のキーワード
穴に落ちてから、本当の意味で人生は始まる