いて座
脳みそ再稼働!
堰を切る
今週のいて座は、『煙突の煙あたらし乱舞の雪』(西東三鬼)という句のごとし。あるいは、これまでどこかでせき止められていた感情や言葉が流れ出していくような星回り。
自句自解には、「休業していた工場が再び働きだし、あたらしい煙が煙突から出ている、それに呼応して雪も乱舞している」とあります。
ここで詠まれているのは作者の家から見えていた、戦後混乱期の不況で長らく休業し、煙が少しも出なくなっていた大阪北部の工場風景であり、「煙あたらし」というのは工場が再び活動を始めた、久しぶりのあたらしい煙という意味が込められていたのでしょう。
煙突が無数に立っていながらもそこから少しも煙が出ないというのは、ある種異様な光景ではありますが、たとえば工場地帯をひとりの人間の脳に置き換えてみると、それが久しぶりに稼働したということも含めて少し分かりやすくなるかも知れません。
すなわち、脳の深層にあって、記憶や空間学習にかかわる器官である「海馬」で長い間忘れていた記憶の断片がつながって、うなりをあげて再生され、それを脳の左「側頭葉」にある言語野を通して言葉にされていく――。
とはいえ、大半の人にとってはどうでもいい光景で、見過ごされがちな出来事でもありますが、少なくとも毎日目にして作者からすれば、雪が乱れ降っているという近景そのままに、まさに狂喜乱舞するような嬉しい出来事だったのではないでしょうか。
11月20日にいて座から数えて「言語化/受発信」を意味する3番目のみずがめ座に冥王星が移っていく今週のあなたもまた、長らく自分の口から出てこなかったような言葉が自然とついて出やすくなっていくはず。
条件としての不条理と痛苦
「現世のなにものも、われわれから「私」と口に出していう力を取り上げることはできない」と、かつてシモーヌ・ヴェイユは『重力と恩寵』のなかで書いていましたが、実際にはしばしば私たちは「私」と口に出すことを忘れてしまいます。
そうして、ふとした偶然がたまたま重なって、出来事が自分から大事な一部を奪い去っていくという不条理を経験し、その痛苦に襲われた時にはじめて、私たちは思い出したかのようにやっとのことで「私」とつぶやくのです。
いわば、不条理と痛苦は、「私」という呪文を唱えるためには欠かすことのできない条件であり、そうであればこそ、私たちは定期的に自身の抱える不条理と痛苦をより深く、より劇的に認識していく必要に迫られ、はらわたが煮えくり返るような出来事を通して、「私」を絞り出していくのではないでしょうか。
その意味で、今週のいて座もまた、そんな私以前のものが、私になっていくための一芝居を打っていくことになっていくかも知れません。
いて座の今週のキーワード
「私」と口に出していう力