おとめ座
ドロンパ
長い一瞬の旅路
今週のおとめ座は、「月よぎるけむりのごとき雁の列」(大野林火)という句のごとし。あるいは、まったく別の場所へと運ばれていくような星回り。
「月」と「雁の列」という言葉の結びつきによって、抒情たっぷりの秋の景色が一気に展開されていく一句。ただ、特に目をひくのは何と言っても「けむりのごとき」という非凡な比喩でしょう。
いつの間にか消えてなくなってしまうようなはかなさと、そのままでは強烈すぎる現実をそっとくるんで覆ってくれるうす衣のようなやさしい手触りとが、眼前に広がる光景のなかで結びついていった時、作者の心中に「けむり」という言葉が不意に浮かんできたのかも知れません。
そうして、ここではないどこか遠くへと連れ出され、誰にも知られることなくこの世からいなくなる自分のことや、原稿用紙何枚分かの人生へと一通り思いをはせると、まるで長い旅を経て久しぶりに家に戻ってきたかのような懐かしい気持ちになるから不思議です。
旅とは意識の脱皮であり、精神の往還に他ならず、その意味で掲句には長い旅の軌跡が折り畳まれているのだと言えます。
31日におとめ座から数えて「啓発」を意味する9番目のおうし座で、「逸脱」の星である天王星とともに満月を迎えていく今週のあなたにおいても、突発的にどこか日常の外部へと精神が投げ出されていくようなことが起きていきやすいでしょう。
『ベルリン・天使の詩』
天使というと、背中に小さな羽根をつけた裸の幼児や透き通るような羽衣を身に着けた天女のような女性が連想しますが、映画『ベルリン・天使の詩』の天使たちはロングコートを着た中年男性で、彼らは廃墟の上から、また教会の尖塔の上から地上の人々を見守り、互いに情報交換しながら苦悩に満ちた人々に寄り添い、彼らの心の声に耳を傾けています。
彼らの目にはすべての風景はモノクロに映り、子供には彼らの姿が見えますが、大人には決して見えません。物語はそんな天使のひとりダミエルが、人間の女性に恋をして、天使の身分を捨て人間になろうと選択することから動いていくのですが、ここでは割愛します。
監督のヴィム・ベンダースはベルリンの街のあちこちに見られる天使像に魅せられ、この作品を制作したと言われていますが、ある意味でそうしたヴェンダースの心に強い印象を残したベルリンの風景は、いまのあなたの心象風景ともどこか通じていくように思います。
これを読んでいるあなたは大人でしょうから、きっと天使の姿は見えないでしょう。けれど、映画の中に登場するかつて天使だった俳優が目に見えない彼らの存在を感じることができたように、その気になりさえすれば天使の臨在のかすかな気配や片鱗のようなものを見つけることができるはず。
案外、天使というのはしれっとあなたのそばに寄り添っては、けむりのように消えていく。そんな接近を繰り返しているのかも知れません。
今週のキーワード
めったに交わることのないまなざし