おとめ座
いのちの洗濯
海鳴り
今週のおとめ座は、高良留美子の「海鳴り」のよう。あるいは、「遊ぶ」という言葉をまるで新品のように洗い出し、輝かせていくような星回り。
女性の生理現象も、卑猥に語ろうとすればどこまでも卑猥にすることができますが、逆にどこまでも涼しく高い次元で語ろうとすれば、こうなるのかと思わせてくれるのがこの「海鳴り」という詩です。
「ふたつの乳房に/静かに漲ってくるものがあるとき/わたしは遠くに/かすかな海鳴りの音を聴く。 月の力に引き寄せられて/地球の裏側から満ちてくる海/その繰り返す波に/わたしの砂地は洗われつづける。 そうやって いつまでも/わたしは待つ/夫や子どもたちが駈けてきて/世界の夢の渚で遊ぶのを。」(詩集『見えない地面の上で』)
男よりも、より自然に近い女のからだのリズムは、小さな子宮をこえて、茫漠とした広がりを持っている。女にとっては嫌悪の対象でしかない月の満ち欠けにも、作者のように深い体験を加ええるのだと知れば、感じ方もまた変貌していくのかも知れません。
10日に他ならぬおとめ座で満月を迎え、同じタイミングで水星が順行に戻っていく今週は、自身やその存在理由に対し、いつも以上に清々しい夢を託していくことができるはずです。
タゴールの生命観
「遊ぶ」と言えば、インドの大詩人タゴールは「生の実現」を意味する著作『サーダナ』の中で、次のように歌っていました。
「われわれは至るところで生と死との戯れ―古いものを新しいものに変える働き―を見ている」
「生命は自分の行動を妨げようとする老化を嫌う」
老化は実際には生命のものではなく、生命に付き従う影に過ぎません。私たちの生命は、川の流れのように、岸にぶつかると、おのれがそこに閉じ込められていると感じるのでなく、かえって海に向かって無限に開かれているのを実感する。
「生命が詩と同じように、たえずリズムを持つのは、厳格な規則によって沈黙させられるためではなく、自己の調和の内面的な自由をたえず表現するためである
そう、生命はその本質として、ただ生き永らえようとするためにだけでなく、いのちを表現しようとするのであり、「遊ぶ」ということの本質もそこにあるのではないでしょうか。
今週はそんな内なる生命の赴くまま、自分自身を可能な限りほとばしらせていきたいところです。
今週のキーワード
循環との調和