おうし座
アンチ無感動
「やわらかに治す」という姿勢
今週のおうし座は、「心のうぶ毛」という言葉のごとし。あるいは、ともすると無視してしまいがちな、人の心の脆弱で柔らかな部分をこそ大切にしていこうと思い直していこうとするような星回り。
統合失調症への多角的な研究と業績で知られた日本を代表する精神科医・中井久夫は、日本の精神科医療に残っていた「時に人の尊厳を犠牲にしなければ治療はできない」という考えから真っ向から批判し、自発性や主体性が失われ、感情の平板化や鈍麻が生じているような慢性期の患者に対しても、彼らの人としての尊厳を徹底して尊重することがそのまま治療やケアにつながることを一貫して主張してきました。
そして特に臨床の現場での心得として、中井が強調していたのが「やわらかに治す」という姿勢であり、「心のうぶ毛」という言葉でした。
私たちは「とにかく治す」ことに努めてきました。今ハードルを一段上げて「やわらかに治す」ことを目標にする秋(とき)であろうと私は思います。かつて私は「心のうぶ毛」ということばを使いましたが、そのようなものを大切にするような治療です。分裂病の人のどこか「ふるえるような、いたいたしいほどのやわらかさ」をまったく感じない人は治療にたずさわるべきでしょうか、どうでしょうか。(『最終講義―分裂病私見―』)
ここで中井はやんわりとではありますが、恥じらいやためらい、うろたえやビビりといった、人の心の柔らかい部分をこそ大切にする力を、治療者の大事な資質として捉えていたことが伺えます。
9月22日におうし座から数えて「健康」を意味する6番目のてんびん座へ太陽が移っていく(秋分)ところから始まる今週のあなたもまた、自分や身近な相手の心の健康度をはかる大事な基準としての「心のうぶ毛」をこそ注視して、かすかな変化の糸口を探ってみるといいでしょう。
「やわらかに治す」ための実践
かつて哲学者のシモーヌ・ヴェイユは、みずからの工場での悲惨な労働体験から、近代社会において人々が慢性的に経験するようになった重大な事態として、「意識が眠ること」、「批判の芽も摘まれてしまうこと」、「こころが魅入られたように完全なる隷属状態に向かうこと」という3つを挙げ、そこでは「人は意識をもつことができない」のだと、痛切に訴えていました(『労働と人生についての省察』)。
例えば、会社や学校、工場、病院、駅や道路などの交通施設などは、すべからく人々が過剰に意識を持つことなく、いわば「自動的」に機能するよう促すための訓練や調教の場であり、そこでは人々は「普通」や「常識」の名のもとに、何よりもこころとからだを簡単に操作可能にするための「従順さ」を培っているのだとも言えます。
そして、そうした近代化の行き着く果てにあるものこそ、本能や情感に一切乱されることのない「無感動(アパテイア)」な訳ですが、このアパテイアこそが「心のうぶ毛」が完全に摩耗してしまった人(そういう人が仮にいるとして)、そして相手の「心のうぶ毛」をまったく感じようとしない人の陥っている境地を端的に言い表した言葉なのではないでしょうか。
その意味で、今週のおうし座は、「やわらかに治す」ことの実践として、まずはヴェイユの挙げた3つの重大事態に自分がどれくらい該当しているのか、それらはアパテイアと呼ぶほどに深刻なものなのか、チェックしていくことから始めてみるといいかも知れません。
おうし座の今週のキーワード
「パトス(情念、受苦)」の萌しを感じとること