おうし座
荷風とボルヘス
何度でも味わうべきもの
今週のおうし座は、『浅草や夜長の町の古着店(ふるぎみせ)』(永井荷風)という句のごとし。あるいは、自分が長い時間をかけてつくりあげてきた地層をじっくりと吟味していくような星回り。
「夜長」は夜の長さをしみじみ感じる晩秋の季語で、「夜長」の句は室内を詠んだ句が多いのですが、そんななか掲句は珍しく屋外の句です。
作者は浅草の町を愛した小説家で、蕎麦屋や洋食屋など彼が愛したと伝えられる名店が今もなお存在していますが、掲句に詠まれた「夜長の町の古着屋」は、繁盛して人がごった返しているというより、むしろその逆の風情をたたえています。
あかりを灯し、店は開けているが、人通りは少なく、どこかひっそりとしている。それでも、そうした古着屋に流れる空気感を作者はことさら愛していたのでしょう。
それは間違っても、「いま話題にのぼっているから」とか「フォロワー数が多いから」、「芸能人がおススメしてたから」といった理由などでは断じてなく、あくまで長年にわたる実体験が堆積した地層の作るなだからな傾斜のような、ごく自然な選択だったはず。
その意味で、掲句は自分の身体がもっともよく馴染むモノや場をよく知っている人の口から発せられた、力みのない地声のようなものなのだと言えます。10月29日に自分自身の星座であるおうし座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、そうしたなだらかな傾斜に身をあずけてみるといいでしょう。
新たなステップが生まれるとき
日本を訪れた当時80歳でほとんど失明状態だったボルヘスは、明治神宮の玉砂利を踏む人々の足音に耳を傾けつつ、何かを比喩に置き変えようとしていたのだそうです。
しかも、ボルヘスは神社の見かけや構造など目に見えない景色を必死に想像していたのではなく、「これを記憶するにはどうすればいいか」というようなことを、ぶつぶつと呟いていて、それはこんな調子だったといいます。
「カイヤームの階段かな、うん、紫陽花の額にバラバラにあたる雨粒だ」
「オリゲネスの16ページ、それから、そう、鏡に映った文字がね」
「日本の神は片腕なのか、落丁している音楽みたいにね」
「邯鄲、簡単、感嘆、肝胆相照らす、ふっふふ‥」
まるで熟練のダンサーが、いよいよ死の間際というところで、新たなステップを生み出そうとしているようではありませんか。
今週のおうし座もまた、暗闇の中で踊るダンサーのごとく。あるいは、研ぎ澄まされた感覚の奥から聞こえてくる内なる声に従っていくように、日々を過ごしてみるといいでしょう。
おうし座の今週のキーワード
本当に痛切なことは対象化しないと実感できない