おうし座
装飾のための装飾ではなく
まるで“生きもの”のような宮殿
今週のおうし座は、シヴァルの理想宮のごとし。あるいは、イイネやフォロワーの数よりも大切な自分なりの価値の感覚をますます研ぎ澄ましていくような星回り。
フランス南東部出身の農夫の息子で、さまざまな仕事を経て30歳で郵便配達夫となったシュヴァルは、43歳になったある日、配達中に石につまづき、気になってその石を掘り出したのだそうです。そのあたりの土地はかつて海底で、奇妙な形の石がごろごろしており、いざ注意を向けてみるとあちこちに想像力を刺激する形状の石が転がっている。
そうして石を集めるようになった彼は、やがて拾い集めた石で宮殿を建て始め、誰からも手伝ってもらわず、周囲から狂人扱いされつつも、33年間にわたって夢想の宮殿を作り続けたのだとか。実際にその理想宮を訪れた人によれば、それは次のようだったという。
最初私が受けたのは、建築という無機物よりも、今にも蠢き出しそうな、或る異様で、巨大な生き物、といった印象だった。石がすべて古色を帯びて黒ずんでいたことも、そういう印象を強めた。(…)宮殿を蔽う細部の夥しさは、人にめまいを感じさせる。(…)細部は到るところで溢れ出し、それ自身の動きに従って壁面一面を氾濫している。(…)熊、鹿、象、かわうそ、チータ、蛇、蛸、ペリカン、フラミンゴ、駝鳥、鵞鳥、鷲などありとあらゆる種類の生き物たち、人間とも動物とも鳥ともつかぬ怪物たち、椰子や、サボテンや、いちじく、アロエ、オリーブ、糸杉などの植物群、林立する無数のファロスのごときもの、粘土のしたたる石筍の連なり……。(岡谷公二『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』)
9月18日におうし座から数えて「宝もの」を意味する2番目のふたご座で形成される下弦の月へと向かっていく今週のあなたもまた、他の誰が認めずとも自分にとって大切に感じられる価値を積み上げていくことが大事なのだと、改めて思い当たっていくことでしょう。
「いき」な自己肯定
さまざまな経験を積んで成熟した人間のことを「酸いも甘いも嚙み分けた」と表現することがありますが、これは意外と古い言い回しで、「酸い」を現代の基準でレモンのような鮮烈な酸っぱさだと捉えてしまうと、途端によく分からない話になるのです。
そもそも日本の伝統的な酸味というのは、例えば醸造酢のような「まろみ」に近いくらい甘味も含んだものであり、だからこそ「嚙み分ける」必要があるし、それには両者の微妙な違いを区別するための‟基準”を知っていなければならないのです。
哲学者の九鬼周造は『いきの構造』の中で、甘味に対して渋味を対置させた上で、その中間にあるものが、派手と地味の中間にあるものと対応しているのだと論じました。つまり、甘味というのは「俗」であり、人目を気にし過ぎており、その対極である渋味の「脱俗」すなわち一切の人目がそぎ落とされた隠遁者的な精神的円熟の境地を‟基準”とすることで、「いき」な甘さ=「酸い」を感じ取っていくことができると考えた訳です。
それと同様、円熟味のある自己否定を基準にしつつ、ありのままの自分への甘い自己受容とは異なる、「いき」な自己肯定をいかに繰り出していけるかが、今週のおうし座にとって大切なテーマとなっていくでしょう。
おうし座の今週のキーワード
甘味と渋味の中間に立つ