おうし座
リアルな想像をしていく
連れ出された先にあるもの
今週のおうし座は、「開かれた」建築ではなく「連れ出された」建築のごとし。あるいは、身の周りの現実の「身も蓋もなさ」により開かれていくような星回り。
2010年代には「建築を開く」ということがよく言われていて、例えば地域の人が何気なく集まったり、遊びに来られるようにコミュニティスペースを作りました、といった取り組みが盛んに為されていました。
そこでは、こざっぱりした人たちがおしゃべりしながらワインなんかを飲んでる光景が写真に撮られ、それがメディアで広められ、次々に似たような光景が複製されていったわけです。一方で、「連れ出す」というのはそうやってメディア化された世界の外へとさらに開いていくということで、そうすると建築は生活にまみれざるを得なくなっていきます。
例えば、先のコミュニティスペースに集っていた人たちが高齢化して、アクティブだった50代の人たちが70代になり、そんなのやってる余裕もなくなって、おしゃれにワインの試飲会なんてやっていた場所がその後、介護施設に転用されていたり。それはあまりに生々しく、当初の建築時の意図ともだいぶズレてしまっているはずですが、そういうものが真面目な専門雑誌の記事に載っていたら面白いと思うんです。
6月2日におうし座から数えて「脱構築」を意味する11番目のうお座で下弦の月(意識の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、どこのガイドブックやカタログにも載っていないような生々しいリアルを少しずつ展開していくことになるかも知れません。
「進化」などやめてしまおう
ダーウィンの進化論によれば、われわれは単純なものからだんだん高度で多様な生命が現れてきたことになっていて、ともすれば私たちもレゴで遊ぶ時のように、まず単純な部品を幾つか作ってから、それらを組み合わせて順次複雑で大きな造形物を設計していくように、進化といえばつい高度化・複雑化の方向性で考えてしまうことに慣れています。
が、果たして進化というのは本当にそうした方向性にのみ起こるものなのでしょうか。綺麗な右肩上がりの成長曲線ばかりではなく、時には渦を巻いたり、見当はずれの方向へと折れ曲がっていくことだってあっていいはずです。
あるいは、より複雑に、高度にシステム化していくような進化ではなくて、より素朴に、自然なものへ簡素化していったり、もはや「進化」そのものをやめてしまうような原点回帰が、結果的に自分たちが心から必要としているそのものだった、という再発見だってありえるはずです。
仕事においても、私生活においても、思わず目を丸くするような、しかし決して子供騙しではない生き方にたどり着いていく。今週のおうし座はそういう展開を見据えていくといいでしょう。
今週のキーワード
建築を連れ出す