おうし座
些細な善行を可能にしてくれるもの
「その辺の葱を与えただけなの」
今週のおうし座は、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる「一本の葱」のごとし。あるいは、ほんの些細な善行によって誰かを救ったり、また救われたりしていくような星回り。
ドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(原卓也訳)は、「土の思想」とも言うべきロシア人の魂に深く刻まれた大地との親近性を歌いあげた数多の文学作品の中でも、その筆頭に挙げられる作品ですが、その中でも「一本の葱」という言葉はじつに象徴的でした。
それは聖なる好青年アリョーシャが、彼にとってひとりの神に等しかったゾシマ長老が亡くなり、しかもその身体から腐臭がし始めた(ただの人間に過ぎなかった)ことに打ちのめされ、やけっぱちになって堕落せんと、「ソドムの悪女」たるグルーシェニカのもとへ訪れるシーンで登場してきます。
彼女ははじめアリョーシャの膝にのって誘惑しようとするのですが、長老の死を知って、とっさにアリョーシャに同情して憐れんだのです。そのことに天地がひっくり返るくらいの衝撃を受け、「あなたは今、僕の魂をよみがえらせてくれたんです」と感激するアリョーシャに、彼女はこう返しました。
「あたしは一生を通じて、あとにも先にもその辺の葱を与えただけなの、あたしの善行はたったそれだけなのよ。だから、これからはあたしを褒めたりしないで」と。
同様に、20日におうし座から数えて「心の支え」を意味する4番目のしし座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、「その辺の葱」や差し出された葱を見逃さずに過ごしていきたいところです。
神秘の階梯をのぼる
こうしてアリーシャは「一本の葱」という象徴をハシゴとするかのように、絶望から歓喜にいたる階段を駆けあがっていきます。そして、そこにはこの『カラマーゾフの兄弟』の中心的テーマが表れているのです。
彼は表階段でも立ち止まらず、早足で下に降りた。歓びに満ち溢れる彼の魂は、自由を、場所を、広がりを求めていた。彼の頭上には、静かに輝く星たちをいっぱいに満たした天蓋が、広々と、果てしなく広がっていた。天頂から地平線にかけて、いまだおぼろげな銀河がふたつに分かれていた。微動だにしない、すがすがしい、静かな夜が大地を覆っていた。寺院の白い塔や、金色の円屋根が、サファイア色の空に輝いていた。建物のまわりの花壇では、豪奢な秋の花々が、朝までの眠りについていた。地上の静けさが、天上の静けさとひとつに溶けあおうとし、地上の神秘が、星たちの神秘と触れ合っていた…アリーシャは立ったまま、星空を眺めていたが、ふいに、なぎ倒されたように大地に倒れ込んだ
今週のおうし座もまた、そんなふうに自分を何度も生まれ変わらせてくれる「大地」を、改めて見出していくことになるかも知れません。
今週のキーワード
土壌主義