おうし座
透明な無名者として在る
春の化身
今週のおうし座は、「沈丁や風の吹く日は香を失す」(阿部みどり女)という句のごとし。あるいは、こちらを立てればあちらが立たず、でもそれがどうしたというような星回り。
「沈丁花(じんちょうげ)」はその鮮やかな匂いで春の到来を告げる花であり、この香りから春という季節は始まるのだとも言えます。
しかし掲句は、そんな沈丁花でさえも春に吹く強い風のもとでは香りを失ってしまうのだと詠います。俳句はよく実際に起こったことを瞬間的に切り取る文芸なのだということが言われますが、そういう意味ではこれは“起こらなかったこと”に時間の経過のなかではじめて気付いた際の心のおこりを詠んだものなのでしょう。
とはいえ、その春風が吹かなければ草花も芽吹かず、鳥たちもさえずりを誘われないことも事実ですから、作者はここであえてアポリア(意図的困惑)のうちに留まっているのかも知れません。
つまり春風か、沈丁花の香りかという二者択一を早急に片付けようとするのではなく、ゆったりとそのはざまで春を味わっている訳で、ここではそんな作者そのものが春の化身となっているかのようです。
3月6日におうし座から数えて「消息(物事の動静)」を意味する8番目のいて座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、吹けば消えてしまいそうな新たな現実の輪郭をしずかに見守ってみるといいでしょう。
祈りと願いの配分
あなたが居酒屋のアルバイトであれ、会社の経営者であれ、本来この世界の平和をおもうその影響の計り知れなさには大きな差はありません。
そうした肩書き以前に、ひとつの生命として大事になってくるのは、一日いちにち積み重ねていく行為のどこまでが「祈り」であるかどうかということ。
この場合の祈りとは、単なる「望み」とは決定的に異なり、家族の平穏であれ、日が昇ることであれ、そうした事態に自分も加わって、その責任の一端を引き受けたいという意志の現れでなければなりません。
つまり、自分にとって大切だと思えるものが明確でなければ、自然と祈りから人は遠ざかっていきますし、ましてやあれもこれもと手を伸ばし過ぎて、本当のところで何が大切なのか分からなくなってしまえば、跡形もなく祈りは生活から消え失せてしまうのです。
その意味で、今週のおうし座は、自分の生活にどこまで祈りがあるのかを冷静に見定めていく期間なのだとも言えるかも知れません。
今週のキーワード
生活を祈りでかたどる