おうし座
自分の意志に気が付いていく
意志に忠実な選択
今週のおうし座は、「成功」より「納得」を。あるいは、運命の手招きに応じて、みずから核心へと歩を進めていくような星回り。
日々、たくさんの情報を脳が摂取し、以前よりずっと多くの機会や選択肢が与えられるようになった現代社会では、誰もが少なからず選択に難儀しています。
けれど、私たちは決して外から与えられたタイミングにおいてのみ何かを選んでいる訳ではありません。日々、色んなことを選択してきた自分がいて、その自分が何かを選びます、と外の世界に宣言するのが、そのタイミングだったというだけなのです。
こうした「選択」の問題をめぐって、例えば『大人の進路選択』を書いた山田ズーニーさんは次のように言っています。
「自分を「選択」まで導いてきた意志の集積に比べれば、「結果」は小さいことだと私は思う。だから、いざ「選択する」という段になって、あっちが有利だから、こっちは恐いからと、それまで自分を導いてきた意志をすりかえるというのは、おかしな話だし、「結果」に負けて、「意志」がつぶされるというのは、順番が逆のように思う。」
確かに、私たちはどうも結果の有利不利に負けて意志を曲げた時にはいつだって、後になってから「やっぱりこっちじゃなかった」と思っている節があるし、人は案外、「成功」それ自体よりも、「納得」をこそ求めているものなのではないでしょうか。
そして今週のおうし座もまた、どこかぼんやりとしてはっきり見えていなかった自分の「意志」というものと、改めて通じ合っていくことができるかも知れません。
視線の反転
いつまで「いつかどこか」の抽象的な幸せや利得のために、現在を生きる身体やこころを犠牲にするつもりなのか。目的過剰の打算的な生き方モデルに釣られ、このまま棒立ちのまま一生を終えるつもりなのか。
いつか開いた口に飛び込んでくるボタ餅の幸運を頼んで待つことは、果たして幸せと言えるのだろうか。
こうした問いを心から問うことができたとき、これまで重ねてきた「選択」やそれを実行する主体としての「意志」が、突如として圧倒的リアリティーをもつ現実へと変わっていきます。
例えば、いつまで待ってもこないバスなど無視して、その場に座り込んで生きる。あり合わせの材料で小屋を建て、そのへんで調達してきたもので食事をつくり、バス停そのものを遊園地化していく。
はじめは眉をひそめられ、陰口をたたかれることもあるでしょう。
けれど、あなたが遠くへ向けていた視線を「今ここ」の現実に戻し、生きていること自体の豊かさに気付いていくとき、そこには新たな現実の種がまかれ、これまで他人行儀だった周囲の人との関わりそのものも変質していくのです。
待つのをやめる。そんな選択もあっていいのだと、今のあなたなら気が付いていけるはず。
今週のキーワード
自分の意志は自分で救う