さそり座
地獄めぐり
アイロニカルな自己把握
今週のさそり座は、『ゴキブリはもつとゴキブリ殖やしたい』(千坂希妙)という句のごとし。あるいは、日ごろ意識することのない迷いの本丸へと分け入っていくような星回り。
いくら生命賛歌と言えども、ことが「ゴキブリ」となってくると、どうしても素直に感動的にはなれなくなってしまうのが人のサガ。
ここ数年、出生率の低下が生涯未婚率の上昇などとセットで語られる場面がとみに目立つようになってきましたが、掲句はそうした人間たちの現状とは対照的なゴキブリの生命力の旺盛さを、じつに面白く詠んでしまっている一句と言えます。
生理的には最高にいやな題材ではあるんですが、逆にここまできれいに決まっている皮肉というのも滅多にないのではないでしょうか。
少なくともゴキブリには自分たちの種を殖やすことに迷いはないが、人間はどうか?という問いかけにもなっているように思います。もちろん、迷いは当然ある。それどころか、奇妙な悪夢のように、いつの間にか自分自身がそんな迷いを具現化するような存在となってしまっていることだって十分にありえるはず。
同様に、8月2日にさそり座から数えて「真夜中」を意味する4番目のみずがめ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、人間社会ないし自分が根底のところで抱えている迷いの底へおりていこうとするでしょう。
経験から「悪」を考える
この「迷い」というのは悪の問題と直結していく訳ですが、たとえば哲学者の藤田正勝は近代日本では個人の内面に分け入っていって、自分の意思に関わらずさまざまな悪を犯さざるを得ない“宿業”を見据えていこうとする「おかす悪」の問題が盛んに取り上げられてきたのに対して、社会の中に存在する悪や、弱者たちが経験する悪などの「こうむる悪」という問題があまり積極的に考えられてこなかったのだと指摘しています。
一方で、ユダヤ人哲学者のレヴィナスは、攻撃に対して力なく横たわる人々のまなざしの中にある抵抗が、暴力をもつ側に殺害への誘惑を引き起こすのだ、というところに考察の基礎をおいて、現代における「こうむる悪」の問題と対峙してきました。
そうした力なく横たわる者の持つまなざしは、レヴィナスによれば二重性をはらんだ弱者のまなざしであり、攻撃するものは殺したいと思いつつも、そのまなざしに宿る倫理的なもの、すなわち「高さの次元」ゆえにそれを殺すことができない。だからこそ、そうした弱者のまなざしに立脚することではじめて、私たちは社会において倫理的な関係を構築していく可能性を切り開いていくことができるのではないか、とレヴィナスは考えた訳ですが、これはそのまま冒頭の句の立脚点にも結びついていくはず。
同様に、今週のさそり座もまた、他ならぬ自分自身こそ、そうした悪の対象になり得るのだという認識から再出発していくべし。
さそり座の今週のキーワード
知らず知らず招き寄せてしまう悪へのまなざし