さそり座
地球と向き合う
途方に暮れる天使
今週のさそり座は、デューラーの版画『メランコリアⅠ』のごとし。あるいは、解決できない問題にあえて固執していこうとするような星回り。
いまからおよそ500年前に制作されたこの作品には、海のそばの建築中の空間に腰をかけた有翼の天使的な女性が描かれており、その顔は濃い陰影で覆われ、衣服にはしわが寄り、お世辞にもおしゃれとも優雅ともとても言えない雰囲気が醸し出されています。
さらに、彼女の傍らにはやせ細った犬が1匹、石板に何かを刻んでいる子どもがひとり、そしてこの三者の周りには挽き臼、はしご、天秤、砂時計、かんな、球体、魔法陣などが雑然の散らばっており、美術史家のパノフスキーはイコノロジーの見地から、人間の知恵とテクノロジーの象徴と深く関わると見なし、有翼の天使的な女性はそれらが陥っている深いメランコリーの象徴的存在なのだと考えました。
そしてこれはおそらく、21世紀の人類が高度な知の道具を用いていくら認識を深めても、この地球がその把握を超えた「解決できない問題」をつぎつぎと差し出してくるという状況を描いた一種のカリカチュアとも解釈できるのではないでしょうか。
18日にさそり座から数えて「中長期的なまなざし」を意味する11番目のおとめ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、日々の仕事や人間関係に追われる人間的憂鬱というより、できうる限り冷静に知性を働かせることでかえって途方に暮れてしまうような、天使的憂鬱に駆られていきやすい時期なのだと言えます。
もう1つの尺度
ここで思い出されるもう1つの作品が、シュティフターの小説『晩夏』であり、その主人公である青年ハインリヒです。シュティフターは南ボヘミア(現オーストリア)生まれで風景画家でもあった人。19世紀半ば当時のヨーロッパは、博物学や自然史の研究が盛んで、「人間のための自然」ということが主張され始めた時代でしたが、ハインリヒは、社会に出る年齢になったとき、「専門を持たない自然科学者」の道を選択して、独学で動植物や鉱物の観察・収集や、地表形成の研究を進めていきます。
ハインリヒは自身のことを「平凡な徒歩旅行者」に過ぎないと前置きしつつも、その研究の醍醐味について、次のように述べています。
もし歴史に、考察と探究の価値があるとすれば、それは地球の歴史であろう。それは最も予感にみち、魅力に富む歴史であって、人間の歴史などはその中の挿入物―もしかすると、他のより高き歴史によって取って替わられるかもしれない、全く小さなものにすぎないのであろう。(中略)この歴史を誰が明確に見通せるのか。果たしてそのような時は来るのか。それとも、永遠の昔から知っている者のみが、それを完全に知っているのか。
多くの人は個人的な体験を時間尺度として生きていますが、ハインリヒのような自然を読む訓練を続けていけば、有翼の天使的女性のように、日常生活の感覚を超えたもう1つのまったく異なる時間と空間の尺度を手に入れることができるのかも知れません。
今週のさそり座もまた、やはり自分個人とはまったく異なる尺度の知識や体験にどれだけ開かれていけるかどうかが1つの焦点となっていくでしょう。
さそり座の今週のキーワード
外なる/内なる自然を読む訓練