さそり座
透明な獣
深いこころのあわれ
今週のさそり座は、「秋風にすぐ涙ぐむ眼持ち」(古田中久二雄)という句のごとし。あるいは、悟っていないようなことを言うほどに心が澄んでいくような星回り。
掲句は作者が27歳の若さで永眠する前の一瞬の光芒のような一群の句のひとつ。死期が迫った人の心は、諦めと絶望と悲哀に沈んでいったかと思うと、急に清浄な光に満ちて明るくなることがあり、それは透明な感じの白い光を思わせ、人の心にそっと沁み込んでくることがある。
作者は掲句に先んじて「いまだ二人端居してをりねたましき」という句も詠んでいますが、これは掲句と表裏をなすようにして、深いこころのあわれさを込めることに成功しているように思います。
ねたましいということは自分を美しく見せたがる人には言えない言葉であり、あえてねたましさを詠いながらその逆の心を響かせている訳で、その上で冒頭の句では秋風の涼しいさなかに、悦びも悲しみもすべてがより大きな力の方に引かれていくのを痛いほどに感じているのでしょう。
17日にさそり座から数えて「少し先の未来へのまなざし」を意味する11番目のおとめ座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、背中を後押ししてくれるみずからの思いや過去の自分に気付いて、それを解き放っていくことができるかも知れません。
自分の外に出ていくということ
人生を「制御する」という行為は、それがどんなに建設的なものであれ、現実の一本一本の線が未来に向かって徐々に像を結んで確立していくプロセスに外なりません。
どんなにデタラメに描いたつもりでも、そこには完成図への意図が働いてしまう。それの何が問題かというと、結果的に面白いものがぜんぜん出来上がってこないのです。ありがちなエンディングへの着地が見えてしまった瞬間に、見ていた映画に白けてしまうように、どこかで見たことのある型にはまった月並みさが自分の人生にもついて回ってくる。
だから人は、時々「悟ってないようなこと」を言ってしまうのかも知れません。すなわち、すでに確立された自己像の輪郭を攪乱して、今ここにいる自分の外に出て行くこと。そうして、鳥になったり、動物になったり、死者になったつもりでなりきってみるのです。
そういう風にして見えてくる光景が多少なりとも現実や日常において反映されるようになってきたとき、あなたはまた一段と美しい生きものになってゆけるでしょう。
今週のキーワード
人間より美しい獣となること