さそり座
孤独者の美学
秋たけなわ
今週のさそり座は、「行秋やさざなみのたつ潦」(小沢碧童)という句のごとし。あるいは、「わびさび」という言葉の実際を感覚的につかんでいくような星回り。
毎年、太陽がさそり座を運行する季節に入ると、もう秋も終わりだなと感じるものですが、28日(月)のさそり座新月から始まる今週は、まさにひとつの終わりとその裏返しとしての始まりを予感していくタイミングとなっていくでしょう。
そして掲句は、そんなタイミングのさそり座にふさわしい一句と言えます。
「潦(にわたずみ)」は、雨上がりの地上に残る水たまりを表す古語で、そこに風が少し出て、さざなみが立っているという訳ですが、池や湖のような大きな水面に立つさざなみならともかく、ごく小さなさざなみに目を留め、気付く人は少ないはず。
秋という豊かな季節の逝く喪失感、寂しさを、潦に立つほんのわずかなさざなみに見立てている訳です。そこに禅機があり、音楽がある。
おそらくそれは、寿司の肴の色が変わるか変わらないかの分かれ目だっていいし、広重の雨がポツンと降ってきた矢先だっていい。
そういうささやかな一瞬の音にある美しさを、いかに感じとっていけるか。そういうことが今週のあなたのテーマのなってくるように思います。
孤独を受け継ぐ者
変化やその分かれ目に敏感になっていくほどに、大切になってくる視点があるとすれば、それは以下のようなものでしょう。
「他所者であるおまえ、
ほかの星よりなほ遥かから由来する
星であるおまえ。
孤独が受け継がれるようにと
この地球に売られた星。」
(ネリー・ザックス、「星の蝕」)
まるで、よそ者のような所在なさや孤独感。
しょせんは自分の中のみんなであり、死ぬときはひとり、何も持たずに宇宙へ帰っていく。この世には、自分ひとりしか存在しないのだ。そもそも、そうして自分が在ること自体が不可思議なんだ、と。
そうした視点が生きている限りにおいて、「わびさび」というものは積極的に見つけようとしなくても「見つかってしまう」ものとして、ひょいとあなたの隣りに佇んでいるのが感じられてくるはずです。
今週のキーワード
癒し癒され、みな孤独