いて座
悲という花を添える
近代的な「意志」信仰を超えて
今週のいて座は、ギリシャ悲劇における意志の扱いのごとし。あるいは、意志にまつわる大いなる矛盾を受け入れていこうとするような星回り。
悲劇というのは、主人公が何らかの抗しがたい運命に巻き込まれ、自分の思うとおりに行為できないものです。こうしたいけど、こうできない。または、何気なくやってしまったことが想定外に大きな効果を持ってしまう。そのためか、悲劇が盛んに作られ、語られたギリシャには、今日の近代的な自立した人間像を共有している私たちがイメージするような意味での意志の概念をあらわす言葉さえないのだそうです。
しかしギリシャ学者のヴェルナンという人は、そこに1歩踏み込んで、悲劇における登場人物たちには加害者である側面と被害者である側面が混ざり合っているけれど、それらは決して混同されることなくその両方の側面があるのだということを言いました。
もちろん近代的な考え方ではそんな矛盾した立場は認められませんが、ヴェルナンは運命の強制力と人間の自由意志の力の両方を肯定していくところこそが、ギリシャ悲劇の不思議さであり、魅力なのだと考えたのです。
同様に、5月5日にいて座から数えて「反省」を意味する6番目のおうし座で「発想の転換」の天王星と「主体性」の太陽が重なっていく今週のあなたもまた、加害者と被害者の両面から捉えていく見方をみずからに取り入れてみるといいでしょう。
『年々にわが悲しみは深くしていよよ華やぐ命なりけり』(岡本かの子)
この歌は、小説家でもあった作者の『老妓抄』という老いた女の執着心を巧みに描いた作品で、主人公によって最後に詠まれた歌。‟老妓(ろうぎ)”と呼ばれる既に引退した裕福な元芸者「小その」はみずからの人生の不完全燃焼さ、「パッション」の起こらなさに不満を感じていました。
ところが、あるきっかけで柚木(ゆき)という金儲けの野望を持つ若き発明家志望の青年と知り合い、その野望に魅力を感じ、実現を応援してみようと面倒を見ることになることから、運命の歯車は回り始めます。その真意は次の通り。
仕事であれ、男女の間柄であれ、混り気のない没頭した一途いちずな姿を見たいと思う。私はそういうものを身近に見て、素直に死にたいと思う。
ところが、半年ほど経つと柚木は老妓に囲われた生活の中で次第に堕落していき、すっかり覇気を失ってしまいます。そしてそんな自分に嫌気が差して逃げ出し、その度に連れ戻されるということが繰り返されていく。そして、いつも冷静な老妓が意外なほどにうろたえを見せる描写の後に、冒頭の歌が添えられるのです。
今週のいて座もまた、気が付けば、いつの間にか長く伸びてしまった寿命に、どうしてメリハリを付ければいいのか、という問いに改めて向き合っていくことになりそうです。
いて座の今週のキーワード
悲劇においてこそ、いのちは燃焼する