いて座
この世界の片隅に
記憶の光景
今週のいて座は、「春風や小藪小祭小巡礼」(小林一茶)という句のごとし。あるいは、帰郷者の心理。
作者52歳の春頃の作。たたみかけるように名詞を重ねる手法は作者がしばしば使うものですが、長年の故郷を離れて江戸でひとり孤独に暮らしてきた作者がついに正式な許諾とともに土地を得て帰郷したよろこびがよく表れているように思います。
雪解けした北信濃では、ささやかな春祭が催されていたのでしょう。同じような家が続くありふれた村の情景とはいえ、小さな藪が風に揺れ、そこをひっそりとした巡礼が通っていく姿にふれて、作者のなかでにわかに幼なごころがよみがえってきたのでは。
子供がいつまでも味のしなくなったガムを口の中でもてあそび続けているように、すでに初老をこえた作者もまた、ここでそんな幼なごころをおおいにしゃぶっているような印象すら受けます。
仮にすでに失われたものであったとしても、「故郷」という言葉のひびきから人が何とも言えない懐かしさを感じるのは、そうして幼なごころを通してみずからが何か大きなものの一部だった感覚を思い出すからかも知れません。
13日にいて座から数えて「心理的基盤」を意味する4番目のうお座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、まだ自我が溶けだして環境と一体となっていた頃の感覚を部分的に思い出していくことができるはず。
薄明の窓辺に置かれた言葉
そうした感覚は、例えばエミリー・ディキンスンの「可能性の家」という詩の中にも見出されます。この彼女の生涯の内でも最も多作の歳に書かれた詩を引用してみましょう。
可能性の家に暮らしています
散文よりも、すてきな家です
窓が多く
入口も魅力よ各部屋は 杉の木立
人目は避けられるし
朽ちない天井は
天空の丸屋根訪れるのは このうえなく美しきものたち
そして 仕事は――小さい腕を
精いっぱい伸ばして
摘み集めていくの 楽園を
(内藤里永子訳)
詩は、彼女にとって「散文よりもすてきな家」であり、大きな可能性を秘めたものである一方で、新しい可能性への挑戦の場でもありました。今週のいて座もまた、自分の存在するこの世界をどれだけ居心地のいい世界にしていけるかが大いに問われていくでしょう。
今週のキーワード
自分の本当の気持ちに正直でいること