うお座
自分を溶かしこむ
3人で1人ということもある
今週のうお座は、「法然→親鸞→一遍」という浄土仏教思想の三位一体のごとし。すなわち、歴史的展開のうちに体現された必然性を感じていくような星回り。
ときに歴史は、人がむなしい偶然に弄ばれるばかりでなく、大いなる必然の流れに沿って、みずからの人生を別の何かもっと大きなものに繋げていくことができるのだということを教えてくれます。
例えば、本家のインドや中国の仏教から逸脱し中世日本で完成形へと到達した浄土仏教(悟らなくても愚か者でも念仏によって人は救われうるとする教え)は、「三祖」と呼ばれる法然(ほうねん)、親鸞(しんらん)、一遍(いっぺん)という3人の僧によって築かれましたが、この点について哲学者の柳宗悦は次のように述べています。
「私は法然、親鸞、一遍を三つの異なる位置において見ようとするのではなく、この三者をむしろ一者の内面的発展のそれぞれの過程において見たいのである。三人ではあるが、一人格の表現として考えたいのである。」(『南無阿弥陀仏』岩波文庫、1986)
すごい表現ですよね。つまり、浄土仏教の日本での完成は3者の有機的な結びつきにおいて初めて可能であったこと、そしてそれがいかに必然的な発展であったかを柳は語っているのです。
なお、三祖がそれぞれに果たした役割についても以下のように述べています。
「法然という礎の上に、親鸞の柱、一遍の棟が建てられている(中略)一人格が法然より親鸞に進み、親鸞より一遍に移るのは、時代的展開であり内面的推移である。それゆえ法然は彼みずからを親鸞に熟さしめ、さらに一遍に高めしめたといってよい。三者はこれを異なる三者に分つことが出来ぬ。」
ただし、こうしたことは特別な人だけに起きる特別な現われという訳ではなく、普遍的なパターンとして3世代でひとつのグループを形成しているのです。だとすれば、あなたはその中で法然・親鸞・一遍いずれの役割を与えられているのでしょうか。
今週はそれくらい俯瞰的な眼差しで自分を見つめていきたいところ。
自分のためでなく
今週は自分が楽しむためではなく、自分がそこの一部であるような何か大いなるものの必要を満たすためにという意識を特に強く持ってみてください。
やがて、それはあなたに自分の想像以上の力を発揮させることになる、重要な追い風となっていきます。
より具体的に言えば、なんでもいいので長く追求していくことのできる研究テーマやプロジェクトを立てること。
そして、さながら1冊の本をつくっていくかのように、先に献辞を捧げる相手を少なくとも誰かひとり、この人のために、という対象を必ず決めてしまうことです。これはそのまま、研究ノートを作って実際にやってみるのもいいかもしれませんね。
補足として。研究テーマやプロジェクトは1か月~3か月で達成できてしまうものではなく、できれば達成までに2年かそれ以上かかりそうなものだとなお良いでしょう。
これはうお座らしい、破れかぶれの底抜け感の見せ所でもあります。
今週のキーワード
三位一体