てんびん座
確信犯的な仕事
考え抜かれた何気なさ
今週のてんびん座は、「何となくみな見て通る落ち実梅」(甲斐すず江)という句のごとし。あるいは、「何となく」を緻密に突き詰め、見極めていくような星回り。
道ばたに、青い梅の実がいくつか落ちている。なかには踏まれたのか潰れているものもあり、しかしまだ綺麗なままの状態のものもある。それを通りがかる人はみな「何となく」見ていながらも、通り過ぎていく。
言ってしまえばそれだけの情景なのですが、そこに「惜しいことに」とか、「残念ながら」といった物悲しさを見るでもなく、ましてや梅を拾える喜びや驚きを垣間見るでもなく、ただ「何となく」通り過ぎるのだ。
少し歩けば、そんな情景があったことさえ忘れてしまうだろう。
私たちはそんな風に、いろいろな事物や出来事を「何となく」見ては通り過ぎていき、やがてすっかり忘れ、かけがえのない生を消費していくのだ。
少なくとも掲句は、そういうことまで思わせるという意味で、ただ「何となく」詠まれた句ではない。むしろここでは「何となく」という一語が、考え抜かれた末に置かれている。
今週のあなたもまたそんな作者同様に、いつもなら「何となく」通り過ぎてしまいがちな事物や出来事にいかに立ち止まり、その意味と効用を突き詰めていけるかどうかが問われていくことでしょう。
やるなら確信犯的に
男であれ女であれ、周囲や世の中に着させられている人と、服を着ることそのものを楽しんでいる人というのはやはり違いが出るものです。というより、着させられている人の服というのはそもそも“勝負服”とは言えません。そもそも勝負なんてしてないからです。
“勝負服”を楽しんでいる人というのは、「服なんて、たかがゲームじゃないの」と言わんばかりの余裕が感じられますし、虚構を虚構として利用しつつも「裸の<わたし>を見つけてみてよ」という確かなメッセージを発するようになるのだと感じます。
おそらく人と人というのは、勝負服の作りだす虚構のイメージを入口としつつも、本当はそうしたメッセージに引き寄せられて初めて、関係を深めることができるのではないでしょうか。
そういう意味では、今週はまとうイメージひとつにしても、どこまで確信犯的になれるかが鋭く問われる時とも言えるでしょう。
今週のキーワード
熟考と決断