てんびん座
虚実を行ったり来たり
“遮断機”をくぐる時
今週のてんびん座は、『遮断機の今上りたり町薄暑』(高浜虚子)という句のごとし。あるいは、みずから想定外の状況や文脈へと頭をつっこんでいこうとするような星回り。
「薄暑」とは、やや汗ばむほどの暑さをあらわす初夏の季語。掲句では、それが人間との関連というより、町そのものにひもづく言葉として使われています。
たとえば、買い物か何かで町に向かっている場面だとして。踏切を電車が通過していき、遮断機があがる。すると、その瞬間に「町」というこれまでいた世界とは異なる、別世界が出現した。そして、作者が今まさに立ち入っていこうとしている別世界は、市井特有の熱気と匂いとを放っていた、と。
言い方を変えれば、掲句はただただ存在していた私たちが、生き生きと現象している私やあなたや彼らへと、場面転換していく一幕を描いているのだとも言えます。まるで、無色透明だった幽霊たちが、スクリーンセーバーみたいにさまざまな色を帯びて実体化し、それぞれに異なる軌道や動きを伴いつつ交錯したり、バラけていったりするように。
部屋は時の経過とともに乱雑になり、かつて同じ箱に入れられていた同級生はやがてバラバラの人生を歩んでいく。綺麗に予定調和におさまる者もいれば、そうでない者もいる。むしろ、そうでなければつまらないじゃないか、と。
6月4日にてんびん座から数えて「生きた交流」を意味する3番目のいて座の満月に向け月が膨らんでいく今週のあなたもまた、みずからの人生に起きるイレギュラーな遊び(虚)や調和を乱すカオス(混沌)を少なからず受け入れてみるといいでしょう。
「うつし世は夢 夜の夢こそまこと」
よく考えれば当然のことですが、人間は本など1冊も読まずとも生きてはいけるし、少なくとも小説などのフィクションなどほとんど読まず、それでいてごく普通の人生を送っているという人だって決して少なくはないでしょう。
ただ、その一方で冒頭の江戸川乱歩の言葉をそのまま自分事として生きている人もいるのです。本を読んでいないときの自分が「表」や「建前」の人生だとするなら、本を読んでいるときこそが「裏」や「本音」の人生で、しかも1冊ごとに違った人生を生きていく、といったように。
いや、どちらが裏でどちらが表かなどということは、本質的にはどっちでもいいのかも知れません。二重生活をしていて、それらが離れては交錯しつつ、入れ替わっていくといったリアリティーとの距離感こそがたまらなく魅力的なのでしょう。だから、読むだけで終わらせずに役立てようとか、本を読むために使った時間の元をとろうだとか、そういったアウトプットにまつわる話というのはあくまで余禄であり、副産物に過ぎないのです。
今週のてんびん座は、例えばそんな本を読むことに相当するものは一体何なのか。虚実が入れ替わるスイッチはどこにあるのか。改めて問い返してみるといいかも知れません。
てんびん座の今週のキーワード
みずからの日常に必要な反復