てんびん座
美的瞬間のほの暗さ
もの思う人の美
今週のてんびん座は、「うつむけば胸翳りたる芽花かな」(藤井あかり)という句のごとし。あるいは、どうしたって割り切れない実存の輪郭を指でなぞっていくような星回り。
立春から雨水へと節気が移ると、いよいよ春の息吹が目に見えて視界に現れてきます。そうして水温も徐々にあがり、虫や草花の蠢動に身体も反応し始めると、多くの人は浮き足立ってどこかうかれてくるもの。ところが掲句は、そうして明るく変わりゆく風景に逆行するように、気持ちが塞ぎこみ、暗くなっていく心理を巧みに描き出していきます。
気温が上がって大気が潤んでくると、固く閉じていた身体も開いていくものですが、それがかえっていつまでも解けないわだかまりやぽっかりと空いたままの心の穴を浮き彫りにしていく。すると、閉じたままの頭蓋の骨も重たく感じられてきて、自然とうつむき気味になっていくのです。
とはいえ、そこには病んだ魂が伴いがちな、目も当てられないような歪みや異様さはなく、
むしろ「胸翳りたる」という静謐な表現と、春の原野でいっせいに新しい命が萌え出す光景の組み合わせには、なんとも言えない独特の美しさを放っています。
2月14日にてんびん座から数えて「実感」を意味する2番目のさそり座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、頭で考えた通りにはいかずに頑固にこわばっている身体的な反応によくよく注目してみるといいでしょう。
夜の闇にたたずむ女性
「翳り」の魅力で思い出されるものの一つに、歌川広重の浮世絵『真乳山山谷堀夜景』があります。真乳山(まちつやま)とは隅田川の近くの小山のことで、舟で来た遊客はここから徒歩か駕篭で吉原へ向かったそう。そしてこの絵に描かれた芸者は広重がひいきにしていた実在の人物なのだとか。
昼は人の意識を外界に向かわせるのに対して、夜は人の意識をその内奥へと向かわせる。その意味で、「夜の闇にたたずむ女性」というモチーフも暗闇が生み出す奥行きが、その女性の美をさらに内奥へと誘い込むように感じられてくる。
谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』でいうように、日本人は伝統的に白日の明るい世界よりほの暗きものにより一層魅力を感じてきましたが、それは人間描写においてはその人間の負の側面をいかに滲ませるかという形で現われてくるものなのかも知れません。というのも、美とはつねに悪を正や善に反転させる瞬間を狙っているものであり、掲句がそうであったように、明るい現在が暗い過去や理解しえぬ不可解と結びついてこそ、「翳り」という魅力が生じてくるから。
その意味で、今週のてんびん座もまた、ここのところ心の奥底に堆積させてきた「心の闇」がいよいよ表沙汰へと転換されていく機会が訪れるかも知れません。
てんびん座の今週のキーワード
美とはつねに悪を正や善に反転させる瞬間を狙っている