てんびん座
深くて静かな場所へ
鳴饗する魂
今週のてんびん座は、『寒夜(さむよ)読むや灯(ともしび)潮(うしお)の如く鳴る』(飯田蛇笏)という句のごとし。あるいは、慌ただしく流れゆく直線時間から一寸だけでも垂直に脱け出していくような星回り。
冬の夜、あかりの下で読書していると、灯(ともしび)が音を発して鳴いている。その音は、はじめはかすかな音であったのだけれど、あたりが静かなのと、心が落ち着いているのとで、次第に高く大きく響いてくるようになってきて、やがて海の「潮(うしお)」のごとく強大な音に聞こえたというのです。
もちろん、実際に鳴り響いている物理的な音というより、作者だけに聞こえている、ある種の宇宙的な音声とも言えるものでしょう。例えば、思想家の井筒俊彦はギリシャ神秘思想史を論じた『神秘哲学』の冒頭で、次のように書いています。
悠邈(ゆうばく)たる過去幾千年の時の彼方から、四周の雑音を高らかに圧しつつある巨大なものの声がこの胸に通って来る。殷々と耳を聾せんばかりに響き寄せるこの不思議な音声は、多くの人びとの胸の琴線にいささかに触れることなく、ただいたずらにその傍らを流れ去ってしまうらしい。(……)しかしながら、この怖るべき音声を己が胸中の弦ひと筋に受けて、これに相応え相和しつつ、鳴饗する魂もあるのだ。
その意味で、12月8日にてんびん座から数えて「自己喪失」を意味する9番目のふたご座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな「鳴饗する魂」のひとつとなるべく、おのれを研ぎ澄まし、周囲から余計な雑音を消していきたいところです。
非時の小道
生まれては消え、消えては生まれゆく泡のごとく、たえず生成変化するこの世の時間の轟轟とした力強い流れの中にあってなお、私たちは時にいつの間にかそこから脱け出して、非常に深くて静かな場所に到達することがあります。
哲学者のハンナ・アレントは、精神が到達するそうした領域のことを「非時(ときじく)の小道」と呼び、そこでこそ哲学する精神は生きているのだと考えました。
「非時の小道」には“静止する今”だけがあり、それは「歴史としてのいつのことというのではなく、地上において人間が存在し始めて以来ずっとあったようにみえる」(ハンナ・アレント、佐藤和夫訳『精神の生活』上巻)のだと言います。
とはいえ、「非時の小道」を歩むのはなにも哲学的思索ばかりではなく、芸術やスポーツ、遊びや仕事を通して、私たちはたびたびそこへと訪れているように思います。
今週のてんびん座もまた、ここのところ見失っていた生のまったき瞬間、時々刻々が新しい創造であるという感覚を味わっていくべし。
てんびん座の今週のキーワード
無数の“静止する今”だけがあるという感覚