てんびん座
“それ”がするだけ
役柄に徹する
今週のてんびん座は、異名者という「出来事」のごとし。あるいは、妄想であれ錯覚であれ自分に与えられた役割をひたすら全うしていこうとするような星回り。
ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアは、70人以上にも及ぶ「異名(≠ペンネーム)」を創出し、これらの異名たちがそれぞれ詩や本を書いていたという前代未聞の経歴で知られていますが、それはなんとかしてひねり出した文学的な工夫以上のものでした。
思想家のドゥルーズはそうしたペソアの異名をとりあげ、「作者」という人格は実人生の人格とは決定的に異なることを強調しつつ、次のようにコメントしています。
あらゆる作家、創造者はひとつの影です。(…)ひとが書きはじめるやいなや身体に対して影のほうが優位に立つのです。真理とは現実存在の産出です。それは頭のなかにあるのではなく、実際に存在するものです。作家は現実の身体を送り出します。ペソアの場合には、それは想像的な人物のように見えますが、実はさほど想像的ではありません。彼はこれらの人物にそれぞれのエクリチュールと機能を与えているのですから。(『記号と事件』)
例えば、ペソアの詩のひとつに「世界は一本の指にからめられた糸かリボンで、窓辺で夢想している女性が戯れている」というものがありますが、彼の詩の魅力というのは、あたかもその一行一句がこれを書いたのは自分じゃないか、つまり自分はペソアの異名者の一人じゃないかという気にさせるところだったのではないでしょうか。
その意味で、11月30日にてんびん座から数えて「役割」を意味する6番目のうお座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、自分なりの仕事と機能を与えられた実在の「異名者」の一人になったつもりで過ごしてみるといいかも知れません。
es blitzt
鉄血宰相として知られ、19世紀ドイツ一帯をまとめて統一を実現させたビスマルクには非常に興味深いエピソードがあり、それは家族との会話の中に端的に表れています。
私はしばしば素早く強固な決断をしなければならない立場になったが、いつも私の中のもう一人の男が決断した。たいてい私はすぐあとによく考えて不安になったものだ。私は何度も喜んで引き返したかった。だが、決断はなされてしまったのだ! そして今日、思い出してみれば、自分の人生における最良の決断は私の中のもう一人の男がしたものだったことを、たぶん認めねばならない(互盛央、『エスの系譜』)
なんと、鉄血宰相としての重要な判断は、自分が考えて決断したのではなく、「自分の中のもう一人の男」がしたと言っているのです。つまり、ビスマルクにおいては、「私が考えるich denke」という時の“考え”とは自分が意図的に案出したものではなくて、まるで「稲妻が走るes blitzt」ように自然と思い浮かび、時にはその内容に自分自身でも戸惑ってしまうような代物だったという訳です。
今週のてんびん座もまた、みずからの決断は「私ich」ではなく「それes」がしたのだと思えるような余地をみずからに与えてみるくらいでちょうどいいかも知れません。
てんびん座の今週のキーワード
最良の詩とは不意にほとばしる稲妻である