てんびん座
自我の溶解
ある心の一本調子
今週のてんびん座は、「吾も春の野に下り立てば紫に」(星野立子)という句のごとし。あるいは、知らず知らずのうちに自分が染まっていた空気や感情に改めて思い当たっていくような星回り。
春の野の、萌え出た草の色はうつくしい。そして一面のみどりのなかに、紫色が潜んでいるのもこの時期の特徴と言えます。
作者はそのことを頭で認識する以前に、からだ全体で感じていたのでしょう。普通の叙法からいけば、「春の野に下り立てば吾も紫に」となるところを、春の野に下り立った感動をそのままに「吾(あ)も春の」と、つい口を衝いて出ており、それが句全体をつらぬくある1本の心の調子として走っているのが感じられるはず。
また、この場合の「紫」というのも、おそらく草から感じられた視覚的な紫というだけにとどまらず、草に染まった自身の肌や着物の色であったり、春の全体から匂いたつ心理的な色彩感覚であったり、はたまた目に見えないところで捉えられた青よりも散乱しやすい短波長のはかなさや、自身を取り囲んで存在している霊的な背景であったりしたのではないでしょうか。
同様に、18日にてんびん座から数えて「無意識的な感応」を意味する12番目のおとめ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、そうした堅牢に凝り固まっていた自我が不意に曖昧に広がって溶け出していくような体験をしていくことができるかも知れません。
舌を使って腑に落とす
複雑な情報を処理をしている器官というと、どうしても頭の方ばかりに意識が向きがちですが、おそらく人間のもっている最も混合的な器官は耳か舌でしょう。
例えば、カレーを食べた後にアイスを食べたり、餃子を食べた直後に梅干しを食べたりできるように、どれだけで人見知りしない人であっても、舌が混合する許容度やスピードにはまったく敵わない。これは理屈ぬきに人間というものがそうできてしまっている訳です。
そしてこのことは「まる」とか「round」とか発音しているときの舌を改めて意識してみると、そこでもやはり理屈抜きに舌のかたちが意味そのものを実現してしまっていることがわかります。これは試しに「しかく」とか「square」と発音してみると、舌がかちかち、がちがちしてちゃんと対照的になっていることからもわかるかと思います。頭で考えたり分かったりする以前に、身体の方で丸いものとしかくいものとを区別しているんですね。
ところが、今の私たちはどういう訳か「vision」と言えば「思想」のことであったり、視野とか視点とか、「~して‟みる”」など、視覚的な比喩や視覚的な言葉のなかで、知的な物言いを再構成させる傾向にあります。
今週のてんびん座は、そうして普段なんとなく使ってしまっている言葉遣いや思考習慣を味わい直していくところから、より直接的な体験を取り戻していきたいところです。
てんびん座の今週のキーワード
理屈抜きで全身を貫いているもの