てんびん座
業に選ばれる
風羅坊として
今週のてんびん座は、松尾芭蕉の『笈の小文(おいのこぶみ)』冒頭のごとし。あるいは、振り切ろうとしても振りきれない業のようなものに選ばれていくような星回り。
芭蕉の死後に遺稿から旅の記をとりあげ刊行された『笈の小文』の冒頭は、混迷の中に光明を見出すドラマに満ちており、読む者に切々と訴えかけてくるものがあります。
百骸九竅(ひゃくがいきゅうけい)の中に物あり。かりに名付て風羅坊(ふうらぼう)といふ。誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好むこと久し。終に生涯のはかりごとゝなす。
「百骸九竅」とは多くの骨と穴のあいた肉体のことで、「風羅坊」は芭蕉の別号で傷つきやすい心の意、また「かれ」は芭蕉自身のこと、「狂句」とは俳句のことを指しています。
身の内に一つの抑えがたいものがあって、それがやがて生涯にわたり取り組むこととなったと述べているのですが、この後が凄いのです。
ある時は倦んで放擲せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたん事をほこり、是非胸中にたゝかふて、是が為に身安からず。しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、しばらく学んで愚をさとらん事をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして唯此一筋に繋る
芭蕉ははじめから俳諧師を目指していた訳ではなく、侍として出世することを願い、また仏道に精神の充足を求めたが結局は俳諧が妨げになり、どちらにもなり切れなかった。
10月1月から2日にかけて、てんびん座から数えて「選び選ばれること」を意味する7番目のおひつじ座で特別な満月を迎えていく今週のあなたもまた、みずからの才知によって何かを選ぶのではなく、どうしようもなく選ばれてしまうものを受容していくことがテーマとなっていきそうです。
「旅人とわが名呼ばれん初しぐれ」(松尾芭蕉)
これは『笈の小文』の旅に出ようとした際の餞別会で詠まれた句。とはいえ、名残りを惜しみつつ旅立っていくという感傷的ニュアンスよりも、弟子の土芳(とほう)が書いているように「心のいさましさ」を感じさせます。
初しぐれが降り始めた晩秋の定めなき空のもと、自分もまた定めなき旅に出ようとしている。人から「旅人」と呼ばれる身に早くなりたいものだ、と。そんなどこか世間や社会を意識した、芭蕉のアウトサイダー宣言とも言えるかも知れません。
世の人が旅人に、定住者は漂泊者に、インサイダーはアウトサイダーに、いつなんどき転じてしまうか分からないのが芭蕉の人生であり、芭蕉の望んだ生き方でもあったのです。
今週のてんびん座もまた、どこか旅に出ていく芭蕉のように、どこかでいつ何時人生が変わってしまってもいいように、肚を決めて過ごすことを意識してみるといいでしょう。
今週のキーワード
定めなき旅へ