てんびん座
かそけき気配を追って
足袋白し
今週のてんびん座は、「銀座春宵小走りの足袋白し」(村上鞆彦)という句のごとし。あるいは、いつの間にか失われてしまった記憶の光景を探していくような星回り。
日本舞踏をたしなむ作者らしく、遠いという言葉を使わずに遠くの過ぎ去った在りし日の記憶について言っているように感じられる句。
目をつけたのは「足袋白し」という些細なことなのですが、それがかえってきいていて、春の宵闇の中に溶けて出していった風景の中で唯一確かなものとなって全体を支えているのが分かるはず。
やはり小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、かつて松江の盆踊りを見に行った際に、まだあどけない少女の足袋の足裏の白さについて「ghostly(ぼんやりとした/幽玄な/スピリチュアルな)」という言葉とともに言及していますが、掲句にはどこかそれに相通じるものを感じます。
リアリティーというものの構成において決め手になるのが、強く主張の激しい主語や分かりやすく見栄えのする動詞などではなく、むしろちょっとした形容詞や副詞だったりするように。
23日にてんびん座から数えて「喪失の感覚」を意味する8番目のおうし座で、新月を迎えていく今週のあなたもまた、ひどく印象的だったはずの夢を思い出すかのごとく、いつの間にか自分のリアリティーから失われたものの価値を見定めていくことになるでしょう。
超芸術トマソンの思い出
「ghostly」という言葉を冠しうるものとしては、例えば1980年代に赤瀬川原平らが発見し提唱された「トマソン」が挙げられるかも知れません。
これは当時、四谷にあった「上り下りする形態と機能はありながら、上った先には出入り口が無く、降りてくるしかない立派な階段」のように、存在がまるで芸術のようでありながらその役に立たなさ・非実用性において、芸術よりもっと芸術らしい物のことを指したもののこと。
つまり、世間の誰もが「作品」などと見なすことは想像だにしていないものの中にこそ、真の芸術性を見出し発見していく営みをそう呼んだ訳ですが、今週のてんびん座には、どこかそんなトマソンブームを彷彿とさせる美学の萌芽が、お天気雨のように、唐突に降って湧いてくるような気配があります。
もしそうした機会を得たならば、ぜひそのチャンスを生かして今の自分に必要なものとは何なのか、思い巡らしてみてください。
今週のキーワード
「ghostly」