てんびん座
空虚の問題
無意味さの感取
今週のてんびん座は、坂口安吾の『白痴』のごとし。あるいは、欲望の声に従うか、自分自身の良心の声に従うか、選んでいくような星回り。
この作品は戦時中を舞台に、戦意浮揚の国策映画をつくる会社に勤める27歳の凡庸な会社員である主人公の男の、奇妙な日常生活を描いています。
ある日、突然家に転がりこんできた知的に障害のある女性と一緒に暮らし、空襲がきて、警報がなると、嬉々としてうろうろ逃げ回る。そこには、起伏にとんだストーリー展開もなければ、現代の私たちが泣いたり笑ったりするような感動や高揚や娯楽性もまったくありません。
ただ、途中に出てくる
「ああ戦争、この偉大なる破壊、奇妙奇天烈な公平さでみんな裁かれ日本中が石屑だらけの野原になり泥人形がバタバタ倒れ、それは虚無のなんという切ない巨大な愛情だろうか」
の一文などを読むと、ただただ奇妙な女との無意味な戦時下の生活が描写されているだけのこの小説も、裏を返せば、戦争もウソだし、戦後の平和もウソに過ぎないという、ひとつの芯の通ったメッセージが浮かび上がってくるようです。
27日(水)にてんびん座から数えて「生命の不安と遊ぶこと」を意味する3番目のいて座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、どこかで今の自分の生活に流れている“ニセの風潮”に対し、ひとつ明確なリアクションを取っていくことがテーマとなっていくでしょう。
つまり、「空虚」という精神的な問題に、いかに取り組んでいくかが問われていきやすいタイミングなのだとも言えます。
快楽か、人間か
安吾が『白痴』を発表したわずか2カ月前に出されたのが代表作のひとつである『堕落論』であり、そこでもやはり「空虚」ということを彼は突き詰めて言及しています。
「あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。猛火をくぐって逃げのびてきた人達は、燃えかけている家のそばに群がって寒さの煖をとっており、同じ火に必死に消火につとめている人々から一尺離れているだけで全然別の世界にいるのであった。」
そしてさらにこう続けるのです。
「偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。だが、堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間達の美しさも、泡沫のような虚しい幻影にすぎないという気持がする。」
ここでいう「堕落」とは、何も考えずに欲望にひた走る快楽主義の否定であり、彼は「苦しむことが、人間であること」であると信じていたのだろうと思います。さて、では自分はどうあるべきか。そこをこそ、今週は問うてみてください。
今週のキーワード
堕落論