しし座
懐かしい情景
愛の消息
今週のしし座は、「苔に湧く水」のような愛情を言わず語らずに感じあっている夫婦のごとし。あるいは、内側に流れる感情の在り様を穏やかな「水」として実感していくような星回り。
しばしば炎に例えられる「怒り」と同じ様に、誰かを恋慕う「好き」という感情もまた、たがいに熱く燃え上がるものとして、その激しさや勢いが「火」のイメージに託されがちなものの代表例と言えるでしょう。
しかし、例えば林芙美子が若い貧乏夫婦の日常を描いた『魚の序文』という小説では、「結婚して苔に湧く水のような愛情を、僕達夫婦は言わず語らず感じあっていた」と書いて、男女間の愛情を穏やかな「水」のイメージに託しています。
この夫婦は、夫のほうは文学青年くずれでまるで生活力がないのに対し、妻のお菊さんは何かにつけてたくましく、物資や働き口をそれは見事に取ってくる機転や機知に富んでいて、ふたりは彼女のおかげで貧乏ながらも明るさを失うことがありません。
そして、「彼女は猫のように魚の好きな女であった。どんな小骨の多い魚でも、身のあるところはけっして逃さなかった」とあるように、やはりその背景には「水」のイメージがつきまとう。そうして、この小説は最後に次ような一節で終わるのです。
彼女は、子供のように、河のほとりで唄うような気持ちだと云うあの淋し気な声で、「一、魚の序文。二、魚は食べたし金は無し。三、魚は愛するものに非ず食するものなり……」と音読するのであった。
2月3日にしし座から数えて「心的基盤」を意味する4番目のさそり座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、激しく盛り上がるだけが能ではないことを確認するべく、もっと穏やかで、ささやかで、でもおいしそうで、いい匂いが漂ってくるような、そんな愛の消息を敏感にかぎつけていきたいところです。
味のある老婆
ここで連想ついでに思い出されてくる文章があります。1985年に刊行され、直木賞を受賞した森田誠吾の『魚河岸ものがたり』に登場する次のような一節です。
いい柄だ、おかみさんの目が細くなる。柄がいいだけではない。値段がまた気に入っている。いやしい、と言われるかもしれないが、値段のことを考えると、せいせいしてくる
難解な言葉はひとつも使ってないし、表現に特別凝ったところもない平らな文章なのですが、ここには橋のたもとで味のある老婆がひょいとこちらを振り返って目が合った時のような、心地よい気が流れています。
心ならずも魚河岸の町に身をひそめた青年と、まちの人々との人間模様を情感こまやかに描き出したこの小説には、他にも「面変り(おもがわり)」とか、「折々の奇縁」、「あべこべ」、「商いは牛のよだれ」といった具合に、心優しい半死語が時おり顔を出し、懐かしい気持ちにさせてくれます。
今週のしし座もまた、そんな何気ない記憶を取り戻していくなかで心にやさしい風が吹いていくはず。
しし座の今週のキーワード
突然懐かしい人に出会ったような思いに駆られること