しし座
語るべき言葉を待つこと
遡行と回帰
今週のしし座は、『よく眠る夢の枯野が青むまで』(金子兜太)という句のごとし。あるいは、失われたリアリティの感触を求めて時間旅行をしていくような星回り。
冬、よく枯れ果てた野が「青む」まで、こんこんとよく眠ったのだという。
枯野の句と言えば、芭蕉の辞世の句である「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という句がすぐに思い浮かびますが、両者の違いには旅に出ることが命懸けだった江戸時代と、手つかずの自然が遠くなってしまった現代とのあいだの隔世の感がよく出ているように思います。
「青む」とは草木が青々と茂ってくる様子を表した言葉ですが、同時に、栄えた文化文明が枯れ衰えてやがて草木に飲まれていくまでのはるかな時の流れをも感じさせる表現でもあり、掲句もおそらくダブルミーニングになっているのではないでしょうか。
だとすれば、ここでの「眠り」は単に目覚めるべき時がくるまで意識的活動を休めていくというだけでなく、「夢の枯野」とあるように、現代とは何もかもがまったく異なるようなはるかな過去へと時の流れをさかのぼり、そのリアリティを追体験していくことをも意味しているはず。
同様に、1月26日に自分自身の星座であるしし座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、いつもの日常とは異なる次元の異なる流れへと不意につながっていきやすいでしょう。
ひとりの「語り部」として
歴史は勝者によって書かれ、作られるということがしばしば言われます。例えば、幕末から明治にかけ、新政府軍と旧幕府軍とのあいだで起きた戊辰戦争においても、敗れた諸藩の出身者たちが、戦後あらゆる新階層秩序から排除されたことはよく知られているところでしょう。
ですが、一方で私たちは時おり思いだすのです。「歴史をかえてゆくのは革命的実践者たちの側ではなく、むしろくやしさに唇をかんでいる行為者たちの側にある」(寺山修司、『黄金時代』)のだということを。
つまり、「敗者」がいてこそ歴史は成り立っていくのであり、その意味で「敗者」こそが産婆のごとき役割を担って、真実というものを人びとの記憶に刻んでいくのだということ。
もちろん、最初から自分から敗者になろうとするような人はいないでしょう。思えば、芭蕉の時代の旅というのもやむにやまれない運命的な働きかけのなかで出ていったものでした。そうして、図らずも中央から離れ、追放される側へと回っていった者たちの一部が「語り部」となることで、「歴史」に対抗しうるような「物語」がそこではじめて紡がれていくのです。
今週のしし座は、そんなことを歴史からこぼれ落ちた物語の語り部になったつもりで過ごしてみるといいかも知れません。
しし座の今週のキーワード
敗者の矜持