ふたご座
部族の踊り
イエローのり子
今週のふたご座は、『薔薇ピンクイエローのり子美容室』(岡田一実)という句のごとし。あるいは、リズムに乗って堅い意味の壁を突破していこうとするような星回り。
古代ギリシャ以来、薔薇は美と愛とを表象する「花々の女王」とされ、キリスト教では、聖母マリアが「棘なき薔薇」と呼ばれてきたのだそう(棘は「罪」の象徴)。
日本人の感性からすると、いくぶん大袈裟すぎてどうにも好きになれないという人も少なくないように思いますが、掲句では薔薇の神聖性を巧妙に俗へとずらしていくことによって、むしろ親しみやすいものへと変奏させてしまっています。
漢字表記の「薔薇」の硬質さを、色違いの薔薇をカタカナ表記でポップに並べて崩した後に、「のり子美容室」へと結ぶことで、知り合いの知り合いくらいまで行けば必ず1人はいるような派手髪のおばちゃんを想起させることに成功させた上で、なぜか「確かに彼女たちも薔薇に他ならないのだ」と啓蒙させられてしまう。
これはひとえに中七の「イエローのり子」の効果でしょう。意味のまとまりによる堅い壁に音のリズムで割って入っていくことで、「のり子美容室」に出入りしていく人間に、ごく自然と薔薇のイメージを付与している。まさに言葉の魔術と言っていいでしょう。
5月15日にふたご座から数えて「言語化」を意味する3番目のしし座で上弦の月を迎える今週のあなたもまた、できるだけ乗り越えがいのある“意味のまとまり”に挑んでいきたいところです。
音が聞こえてこない文字は無力だ
文字と音との関係について、松岡正剛は『うたかたの国―日本は歌でできている―』の中で「ボーカリゼーションは自然の分節化ということだ。文字の発生はその次だった」と述べた上で、「そこ(文字)には音の交通があり、線の交換がある。それを交響曲というにはおおげさであるかもしれないが、なににもまして大胆なコズミック・ダンスであるとはいえるにちがいない」と結論づけています。
これは母音からの子音の分離と自立の過程ということにも置き換えることができるでしょう。つまり、人間の原初的な状態というのは、未開部族の人たちが発している音のようなもので、その中に浸っているとやがてすべてが溶けていってしまう。ところが、そんな母音世界から子音を剥離させ、連ねていくと、そこに特別な感情がおこるということが次第に発見され、長い時間をかけてそうした子音づかいが洗練されていった。
これは、ラスコーの洞窟壁画で生まれた物事の「輪郭」が、近代的な写実画へと精緻さを上げていく様子にも重ねられます。1本の線は、複雑な意味のかたまりにもなりうるのであり、文字とは「音と線の産物」なのです(現代はいささか意味が過剰になりすぎているところがありますが)。
その意味で、今週のふたご座のテーマは、いわば複雑でとげとげがちゃがちゃとし過ぎてしまった子音の連なりを母音的な世界へと送り返して、まるみやすっきり感を出していくことにあるのだとも言えるでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
音の交通、線の交換