ふたご座
ぬかるみの底で
土をつく
今週のふたご座は、『春泥にゆきなやみたる杖をつき』(緒方句狂)という句のごとし。あるいは、普通なら何も感じとれないほどかすかな兆しを目いっぱいすくいとっていこうとするような星回り。
耳の聞こえない聾の俳人は昔からそれなりにいましたが、失明で視力を失った盲の俳人は数も少なく、その意味で作者は目が見えないゆえの句作の困難を乗り越えてその道を開いた貴重な先駆者のひとりと言えます。
彼はみずからに与えられた常闇の世界でただ立ちすくんでいる代わりに、まったくもって心許ない道行きを一歩一歩杖で確かめながら、その体感を言葉で紡ぎ、それを命としていったのでしょう。
その意味で、掲句に描かれた情景はそのまま作者の俳人としての生きざまそのものでもあった訳ですが、あらゆる道という道が舗装道路で覆われてしまった現代では、なかなかピンとこない人も多いかもしれません。
春はまず大地がゆるみ、潤い始めるところから始まっていきます。そこに盲人は白杖をつく。当然、その感触は不確かで、どこまでが道でどこからが道でないのかが判別しづらい。しかし、そこには深い土の匂いがあり、まごうことなき春の息吹がある。
2月24日にふたご座から数えて「心の一番深いところ」を意味する4番目のおとめ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、自身にとって生きがいとなるモノやコトを直に感じ取っていくことができるはず。
ダンテの地獄めぐり
例えばダンテの『神曲-地獄篇』では、実際に作者の分身である主人公が、地獄の底から歩を進めるべく、少しずつ手探りで自身を取り巻く状況との直接的対話を進め、兆しをすくいとっていきます。
ひとのいのちの道のなかばで、
正しい道をふみまよい、
はたと気付くと、漆黒の森の中だった。
「道半ば」というのが具体的に何歳くらいのことを指しているのか定かではありませんが、きっと人生は折に触れてそれまでの生き様を振り返っていく機会が与えられるように出来ているのでしょう。
ちょうど『神曲』を執筆した当時のダンテも、政治抗争で敗れ故郷フィレンツェを追われた孤立無援状態で、まさにお先真っ暗でしたが、そこで自暴自棄になることなく、おのが半生を振り返りつつ文学史上に不朽の名声を轟かすことになる畢生の大作の執筆を始めたのですから、人生何がどう転ぶのかは最後まで分からないものです。同様に、今週のふたご座もまた、そんな人生の岐路にふと差し掛かっていくかも知れません。
ふたご座の今週のキーワード
自らの等身大の身体性のみを基準にしていくこと