ふたご座
文明の果ての大笑い
まずは自分のちっぽけさを笑う
今週のふたご座は、喜劇としてのフランツ・カフカの『変身』のごとし。あるいは、月並でありきたりな読み解きを許さない不条理ギャグをみずから体現していくような星回り。
カフカの『変身』と言えば、ごく普通の青年グレーゴルがある朝起きると毒虫に変わっていたところから始まる話としてあまりにも有名。どうして虫になってしまったのか、虫は何かの象徴なのかといったことは全然説明されず、主人公が虫であること以外はすべてがリアルに進行する。同居する家族の状況もあいまって、読者はパラレルワールドへ連れ出されたような奇妙な不安を感じさせられます。
ただし、一般的な暗く切迫したイメージに反し、じつはこの小説の本当に大事なポイントは「とにかく笑える」というところにあるように思います。例えば、グレーゴルは自分が虫になってしまったことにはさほど驚かない一方で、目覚まし時計を見て出勤時間を寝過ごしたことにはもの凄く驚くのですが、そんな場面をカフカはこんな風に書いています。
それから時計に目をやった。戸棚の上でチクタク音を立てている。「ウッヒャー!」と彼はたまげた
あるいは、だんだん虫として漫然と過ごすことに退屈してくると、部屋中をはい回るようになるのですが、それもこんな調子。
グレーゴルは這いまわりはじめた。いたるところを這いつづけた。四方の陰も、家具調度も、天井も這いまわった。やがて部屋全体がグルグル回りはじめたとき、絶望して大きなテーブルの真ん中に落下した
実際、カフカ本人はこの作品を友人らの前で朗読する際、絶えず笑いを漏らし、時には吹き出しながら読んでいたのだそう。と同時に、虫以前と虫以後の時間の流れ方が全然違っていて、仕事や時間に追い立てられていた主人公が、虫になった途端に時間の流れがどんどんゆっくりになっていることにも気づかされます。
そして、2月14日にふたご座から数えて「アイデンティティクライシス」を意味する9番目のみずがめ座で火星と冥王星とが重なって「火事場の馬鹿力」が強調されていく今週のあなたもまた、どれだけ時間の流れを客体視しつつ、みずからのちっぽけさを笑う目をどれだけ持てるかが問われていくはず。
無力でポンコツな自分から始める
私たちは無意識のうちに「本能だけで生きている他の生物たちよりも、文明を持つ人間は優れている」とどこかで考えていますが、心理学者の岸田秀は逆なのだと言っています。人間は決して動物より高等な生物ではないし、むしろ「人間は本能の壊れた動物」であり、動物と比べて感覚もずっと鈍いし、特質すべき武器や防具も持ちあわせていないポンコツであるがゆえに、文明を作らざるを得なかったのだと。
人間は日常生活をひっくりかえすために戦争をする。そのことによってわれわれがいかに日常生活を憎んでいるかがわかる。(『ものぐさ精神分析』)
人間が本当の意味で憎んでいるのは、きっとおのれの無力さでしょう。
そして、そうした憎しみというのは、力を持っているふりをすればするほど、つのっていくものです。ひるがえって今週のふたご座は、改めて無力でポンコツな自分という事実に立ち返っていくところから再スタートを切っていくべし。
ふたご座の今週のキーワード
人間のふりをやめたグレーゴル